~Large escape of love~ ≪2≫

 

 

  -<1>-

 

ミニョの到着から15分遅れで、A・N・JELLのメンバーも空港に到着した。
白いバンの中でつなぎを脱ぎ捨てると、3人はそれぞれ別の入口からターミナルビルの中に入って行った。


突然のスターの登場に騒然とするフロアを3人はただミニョの姿を探して走り回った。


―ミニョ、どこへ行った?頼むから電話に出てくれ!


テギョンは、何度もミニョに電話をかけながらあたりを見まわした。


―それにしてもおかしいぞ・・・


テギョンは、ふとあることに気が付いて立ち止った。
パソコンに映し出された画像には確かにこのフロアの入口にたくさんあつまるレポーター達が写っていた。
しかし、今見渡す限りではそういった類の連中がいる気配がない。


―まさか、もう見つかってどこかで囲まれてるのか?


テギョンの胸に戦慄が走った刹那・・・突然2階のフロアで騒ぎが起こり、「いたぞ!!」という声と共

に、バタバタと大勢の人が走って行く音が聞こえて来た。
吹き抜けになった場所から2階を見上げたテギョンは、迷わずエスカレーターに乗って2階へ駆け

上がった。そして2階のフロアを見渡すと、いきなり最悪の場面がテギョンの目に飛び込んできた。


白いジャケット姿の女が走って逃げるのを、大勢のレポーター達が追いかけている・・・その横顔は、遠目で見ずらいとはいえ、テギョンにはミニョに見えた。


―ミニョ!・・・くそっ!遅かったか!


テギョンは、すぐにその人だかりに向かって走り出した。
しかし、その瞬間テギョンの手の中で携帯が鳴り始めた。
見ると、着信画面には「ミニョ」と表示されている・・・


―はぁ?・・・あいつ走りながら電話かけてるのか?


それでも走る速度を緩めることなくテギョンは電話に出た。


「ミニョ!お前何してんだ?」
怒りにまかせていきなり電話の向こうにいるミニョを怒鳴りつけたテギョンは、次の瞬間唐突にその場に立ち止まると受話器を強く耳に押し当てた。


―えっ?・・・


「お、お前何言ってんだ?北側の男子トイレ?・・・わ、わかったすぐ行く!」


テギョンは首を傾げながら電話を切ると、ずっと遠くへ行ってしまったレポーター達の群れに一瞬視線を投げてからすぐに踵を返して反対方向に向かって走り出していた。

 

 

 

  -<2>-


「テギョンさん!ずっと電話に出られなくてスミマセン。もう空港にいますか?私2階の北側の男子トイレにいます。迎えに来てください。またご迷惑をかけてしまってホントスミマセン。待ってます。すぐに来て・・・」
ミニョは、テギョンにやっと連絡することが出来てほっと胸を撫で下ろした。


ターミナルビルの入口で不意に腕を掴まれた時から、おそらくまだ30分も経っていないだろう・・・
それなのにミニョはもうあれから2時間も3時間もの時間が過ぎてしまったように思いながら居心地の悪い男子トイレの個室の中にいた。

 

いきなりミニョの腕を掴んだ相手はジャケットのフードをすっぽりと被った姿で、何も言わずにミニョを引きずるようにして走り始めた。


「だ、誰?・・・」
思わず叫んだミニョに向かって男はわずかに振り返って「俺だよ」と答えた。


「兄さん!!」
ミニョは、気が動転していて、それが兄のミナムだということにその時になってやっと気が付いた。


「説明はあとだ。とにかく急げ!」
ミナムはそうひと言いうと、そのままターミナルビルの北側の入口を入って、フロアの奥にある男子トイレに駆け込んだ。


トイレの入口に「清掃中 使用禁止」と書かれた看板を置いて、まずは荒い息を整える。


「に、兄さん。どういうこと?」
肩で息をしながらミニョが尋ねると、ミナムは背負っていたリュックサックから男物の洋服を取り出してミニョの前に差し出した。
「今すぐこれに着替えて、お前の服を俺に渡せ」


「えっ?・・・」


「俺がお前の服を着てレポーター達を巻いやるから、その隙にテギョンと会えばいい」
ミナムは、優しい兄の顔になってミニョの瞳を覗きこんだ。


「に、兄さん・・・」
ミニョは、思わず目を潤ませながら兄を見つめた。


「ほら、急げよ。使用禁止にしててもいつ誰が入ってくるかわからないんだ。それにこうしてる間にテギョン達がレポーターにつかまっちまう可能性だってあるんだからな」


ミナムに急かされて、ミニョは慌てて着替えをすると兄に着ていた服を渡した。
髪を櫛で撫でつけ、女性らしく見えるように唇にグロスをつけたミナムはどこから見てもミニョそのものだった。


支度ができるとミナムは、そっとミニョを抱きしめてその耳元に囁いた。
「俺はお前のことは何も心配していないよ、テギョンがきっとお前を守ってくれる・・・気をつけて行っておいで、そしてなるべく早く帰っておいで。お前がいないとテギョンの機嫌が悪くて練習がはかどらないからね・・・」


「兄さん・・・」
ミニョは、まるで鏡の中の自分のような兄をギュっと抱きしめた。


「いいか。俺がここを出てから3分待ってテギョンに電話をかけるんだ。その間に俺がレポーター達をなるべくここから遠くに連れていく。いいな?」
ミナムは、最後にそう念を押すように言って男子トイレを出て行った。


―イエス様、どうか兄さんをお守りください。

 

ミニョは、思わず胸の前で手を組むと目を固く閉じて祈りながら、のろのろと過ぎていく3分間を待った。
そしてやっとテギョンに電話が出来たミニョは、トイレの個室の中でふと自分の足元に目を向けた。

 


―靴だけは私のサイズじゃ履けないよね・・・


男物の服にはあまりに不似合いなピンクのハイヒールを見てミニョはこぼれる涙をぬぐいながら微笑んだ。

 

 

 

  -<3>-

 

テギョンは追いかけてくるファン達を振り切って走りながら、シヌに電話をかけた。
「シヌ!ミニョが見つかった。俺が今から連れに行くから、お前は社長に連絡して空港のVIPルームを手配してもらってくれ。ミニョの出発までに時間がない。頼む。」
電話の向こうから、シヌの安堵のため息と「OK」という返事が聞こえた。


テギョンは、ミニョの言った男子トイレの前に到着すると、慎重にあたりを見回して誰もいないことを確認してからから中に入って行った。


「ミニョ。俺だ」
誰もいないトイレの中に声をかけると、個室のドアの鍵がカチリと開いてゆっくりと扉が開いた。
テギョンは、扉の中に見えた人影に思わず目を見開きながらつぶやいた「ミナム?」・・・


「ち、違います!」
ミニョは慌てて個室から出てくると、テギョンの前に立った。


「お、お前!なんでミナムのかっこなんかしてるんだ?・・・いや、それだけじゃない!俺が許可してないのにどうして、ひとりで空港へ来た?どれだけ心配したと思ってるんだ?」
テギョンは、ミニョを見つけて安心すると、今度は猛烈に腹が立ってきて、呆然としているミニョをせめ立てた。


「また迷惑かけちゃってごめんなさい。でもお願いだから私の話しを聞いて!」
ミニョは、テギョンの顔を見上げて懇願した。


「な、なんだ?俺を納得させられる話なら聞いてやる」
息を荒げながらテギョンが言った。


ミニョは、時に声を詰まらせながら修道院を出てから今までのことをテギョンに話して聞かせた。
怒りで目を吊り上げていたテギョンも、ミニョの語るあまりに突飛な話しに時に驚きの表情を浮かべながら聞き入っていた。


「ミナムがお前の身代わりに?・・・じゃあ、さっき俺がみたあの女はミナムだったのか?・・・」
テギョンは、ここへ来る前に見た光景を思い浮かべながらつぶやいた。
すると、その時ミニョの携帯にメールの着信音が鳴った。


「兄さんからだわ!」
ミニョは、ミナムからのメールを開くとテギョンにも見えるように顔を寄せながら中身を読んだ。


<テギョンには会えたか?レポーター達は大分遠くまで連れて行ったからこれで少しは時間が稼げるだろ!あとはテギョンになんとかしてもらえ。俺はもう奴らを振り切ったから心配しなくていい。それじゃ元気で!>


「兄さん、逃げ切れたんだ!よかった」
ミニョは、安堵して笑みを浮かべた。


「ふん!かっこつけやがって・・・」
テギョンが苦々しい顔でつぶやいた時、今度はテギョンの携帯が鳴りだした。


「シヌか?」
ワンコールで電話を耳に当てたテギョンが言った。


「テギョン!今どこにいる?・・・VIPルームは手配できた。空港の警備員が誘導してくれるそうだから、俺たちもそこに行く」
シヌが、一気にまくし立てると、その向こうでジェルミが騒いでいる声も聞こえて来た。


テギョンは、シヌに今いる場所を教えると、ミニョを抱きよせながらふとその足元に目を向けて付け加えた。
「シヌ・・・悪いが、ミニョの足に合うサイズのスニーカーを一足買ってきてくれ」

 

 

                                 つづく