カール・ヒルティや幕末・明治維新の志士・元勲に学ぶ 現代の志士と「地球維新」
このブログで私は、大学時代に読んだカールヒルティーの著作に人生の基盤を学んできたと書いてきた。
ヒルティは、1833年生まれ。日本では、明治維新の3傑である、木戸孝允(桂小五郎)と同い年だ。1909年に亡くなっているが、伊藤博文の没年と同じである。
幕末明治維新の志士や元勲たちとほぼ同世代なのだ。
アルフレート・シュトゥッキいう人による「ヒルティ伝」によると、ヒルティは、大学を卒業後、弁護士として社会人人生をスタートさせる。
しかし30代半ば、37歳ころに人生の大きな転機が訪れている。詳細は書かれていないが、弁護士業で何か大きな問題があったと推測する。しかし、それは、ヒルティの持って生まれた使命を遂行するべく新たな道を進むための産みの苦しみとも言うべき試練の時期であったと自分では推察した。
聖書やダンテの「神曲」を人生の座右の書として、百卒長であるコルネリオを模範とも言っていたキリスト教徒として、特にキリストの言葉を「食らうべきもの」として自らの血肉にしていた。
法律の専門家でありながら、専門だけにとらわれず、大変な読書家であったヒルティは、自分の内面からの溢れるような要請として(使命としてやりたいこと、やるべきことは)、大規模な著作活動だと述べている。
ちょうど同じころに、ベルン大学の教授に招聘されている。その後は、スイス連邦政治年鑑を執筆し続けている。この執筆活動ができるのは、当時はスイスで、ヒルティ以外には、いないと言われていたほど大規模な著作活動だったようだ。
その後、陸軍法務官や下院議員に選出されて、大学教授で軍人で政治家であった訳だ。
最終的にはベルン大学学長や陸軍法務長官となり、晩年には、オランダハーグの世界会議にも出席している。
スイス連邦政治年鑑の執筆活動だけでなく、「幸福論」3巻や「眠れない夜のために」2巻のほか、白水社から出版された、ヒルティ著作集の著作活動も行っているのだ。八面六臂の活躍と言うほかはない。ヒルティの人生を「たった一言」で表すとすれば、それは、「仕事と愛」であろう。
しかし、カール・ヒルティが明治維新の志士や元勲たちと同世代ということは事実である。私たちは、現代を自分たちの問題として生きていかねばならぬ。
木戸孝允や西郷隆盛などの維新の3傑や坂本龍馬や伊藤博文、山縣有朋などの志士や元勲、あるいは、吉田松陰、橋本佐内、横井小楠、佐久間象山、もっと言えば久坂玄瑞、高杉晋作、さらには、桂太郎、児玉源太郎、東郷平八郎、といった人たちが、もし今現代に生れていたら、一体どうすることだろうか。
私には、ひとつだけ確信できることがある。それは、幕末明治維新の志士や元勲は、日本の国を封建国家から西洋列強の植民地にならないような近代国家として生まれ変わらせ、育て上げ、発展させることが使命であった。
しかし、もし彼らがもし今生まれていたとすれば、間違いなく、日本一国のことだけでなく、世界を、地球をどうしていくかを主眼として行動したであろうということだ。
彼らが当時、鎖国から開国、明治維新から近代国家樹立を成し遂げたのであれば、もし彼らが、今に生れているとすれば、私は、彼らが、愛と平和を主眼とした「世界統一政府」「宗教統合」とか「世界維新」「地球維新」を目指すだろうということを確信する。
国や文化や宗教や肌の色など様々な違いを越えて、それらを踏まえながらも同じ地球の家族として理解し合えるような、愛と平和に溢れる世界・地球を目指すはずだ。
荒くれ者でもある彼らに、「愛と平和」というお題目は似合わないかもしれないが、戦争や核兵器のなくならない、世界の現状を見るにるにつけ、外面は荒くれ者に見えても、本当は、男の中の男として、真の愛情を持った社会変革を実践するような「地球維新」を目指ような素晴らしい人物たちなのだと確信する。
出よ(いでよ)! 平成の坂本龍馬!
出よ! 現代の久坂玄瑞! 高杉晋作!
出よ! 木戸孝允! 西郷隆盛! 大久保利通!
出よ! 21世紀の伊藤博文! 山縣有朋!
出よ! 地球維新の志士たちよ! 豪傑たちよ!
出よ! 現代の愛溢れる心優しき 真の英雄たちよ!!