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昼の紅茶のブログ

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ピーター・ドラッカーについて

 私は、経済学は、あまり得意ではなかったのだが、ピーター・ドラッガーの本を読むと、難しい数式などはなかった。これは、思想家の本であるとさえ思ったほどだ。
 
 正確にはドラッカーは、カテゴリーとしては経営学者と言われており、ご自身では「社会生態学者」と名乗っていたとも言われる。
ただ、当初は、漠然と経済学的な範疇の中の人ように思っていたのだった。

 経済学の経済というのは、もともとは「経世済民」の略であるから、「経済」は人間や人間の物心共なる幸福と離れたところにはないはずだ、というような漠然とした意識を持っていた。
そして経済学というものは、人間の心理のようなものを抜きにしては成り立たないのではないかと若いころから思っていた。
 
 加えて、敬遠していた経済学の本は難しい数式がつきものとの先入観のようなものも持っていた。

 私が、経済関係の本を大前研一さんあたりから始めたのは、この辺にもあるかもしれない。大前さんも、従来の経済学を踏襲した理論ではなく、原子力の物理学のバックボーンにしてマッキンゼー流のコンサルタント実務から独自の「企業参謀」を皮切りに、独自の理論を創り上げていった。

 ドラッカーの本は、いわゆる経営学のジャンルなのかもしれないが、本当の意味での「経世済民」の書のように思えたものだ。
 経済学の学問理論のよる数式を使っての文章ではなくて、普通の人がわかる言葉で書いてあった。何冊か読んだ記憶があるが、非常にためになった覚えがある。マネジメント関係の本は特に印象に残っている。

 経済経営と心理の関係で言うと、大前研一さんも「心理経済学」という本を出版されたことがあった。
こういう本を経営者の人たちが読んでいるということは、大変いいことだと思ったものだ。
 
 会社の経営者や役員などは随所に主となって、一灯照隅万灯照国のようなイメージが自分のどこかにあったのだ。
 
 ドラッカーの思想は、経済をバックボーンにしながら、経済のみならず、非常に広く深い学識、思索、教養をもとに書かれていて、いわゆる従来の範疇にはいらないような感覚を持った。
 
 ただ、経営というものは、人間のあらゆる要素と深くかかわっている訳だから、経営学というもの自身に学際的な枠組みは、もともとあってはならないのかもしれないが・・。