2016年12月31日付で、33年9カ月務めた会社を希望退職に応募して辞めた。
昔取得していた「行政書士」の仕事は、元々いつかはやってみたかった。
それとは別に、定年後にはリゾート地に移住するつもりで、別荘を買ってあった。
今回の希望退職は、そんな自分の背中を押すのに十分なものであった。
そして妻からは、「どうせ将来移住するのだから、今から移って仕事を始めて欲しい」と提案された。
そして一大決心をして会社を辞めることを選択し、退職後の針路を決めた。
しかしその日が近づくにつれ、いろんな事が心配になってくる。
いつも通りに正月休みを過ごし、年が明け、1月4日を迎えたときに、今更ながらプレッシャーに押しつぶされる思いを感じた。
唯一予定が狂ったのは、一人暮らしをしていた母の事であった。
まだ一人で生活できると思っていたが、私の退職までの間に認知症が進んできた。
これ以上一の人暮らしは、客観的に見て不可能であるように思えてきた。
そこで大きな決断をせざるを得なかった。
「母を引き取り同居する」
退職後の計画が、しょっぱなから崩れるかと思われた。
しかし妻との話し合いで、妻が母の面倒を見てくれることになった。
妻も2年後にこちらに移住するのだが、それまでは頑張ると言ってくれ、予定通り進めることになった。
そうなればそうなるで、母の住んでいた家を処分する必要が出てきた。
実家は借地のため、いろいろ難しいところがあり、売却にはパワーがかかりそうだった。
取り敢えず地主との交渉を始めたのが、1月半ばだった。
2月4日から母との同居を始め、生活が一変して余裕が全く無くなった。
それに続きハローワークやら、母の住民票の移動やら、デイサービスの手配やら、実家の片付けやら、不動産会社とのやり取りやら、国民年金や国民健康保険の手続きやら、行政書士会への入会申請やら、備品の購入やら、AFPの取得やら、名刺、表札、職印の作成、そして開業案内など目まぐるしく動いた。
4月に入ってからは、引越し準備や自分の住民票の移動もあり、日々に落としてみると無駄な時間も随分あったと思うが、振り返ると色んな事をこなしていて、改めてびっくりする。
激動の時期にライブで更新できなかったのは残念だが、本当に余裕が無かった。
4月27日付けの開業だったが、自宅兼事務所の準備、書士会の登録式、開業届、事務所の銀行口座の作成、支部総会、県書士会の総会、業務の勉強やHPの開設、それと会社時代の知人への挨拶。
ゆかりのない土地のため、地元のサークルに複数入会し、そちらの集まりに参加。
仕事をしなくて済むなら、これはこれで天国だなとつくづく思った。
7月に入り行政書士会の懇親旅行があったと思ったら、もう来週は8月。
こんなに変化のある年は、かつてあっただろうか?
そして全てに自分で対応しなくてはならず、弱音を吐きたくなった事も一度や二度ではない。
ライブで記録できなかった事は残念だが、記録をするだけの余裕が無かった事は、紛れも無い事実だ。
せめてこれからは思いの丈を、精一杯書く事にしようと思う。
今までの「あたふた」と入れ替えに大きくなってきたのは、仕事についての不安だ。
まだ仕事の依頼は、一件も来てない。
宣伝もしてないのだから、誰にも知られる訳はない。
だから焦る必要はないのだ。
でもそうやってノンビリと構えても、いられなくなってくる。
だってもう、開業から(一人で宣言したに等しいが)まる3ヶ月経ってしまうんだもの。
そして、宣伝したら必ず集客出来るのか? (汗)
さあ、頑張らねば!