fILOFAX ファイロファックス物語 後編 | ボクと手帳と手帳とボク。手帳で確かな自己管理、しかし手帳に管理され!?

fILOFAX ファイロファックス物語 後編

<後編>


前編はこちら http://ameblo.jp/dayplanner/entry-10029464247.html


fILOFAX を世に送り出したノーマン&ヒル創業者のウィリアム・ラウンスの息子は第2次世界大戦で亡くなり、ロンドンのオフィスは爆撃で全壊してしまったのだ!
 
だが不幸中の幸い、グレースが自宅に持って帰っていた一冊の ファイロファックス が生き延びたのだった。ロンドン大空襲から10日あまり過ぎたあと、グレースはタイプライターを買い、生き残った ファイロファックス に保存されていた顧客リストをもとに、
 
「会社は燃えたけどリフィルは生産中! 注文ドゾ!」
 
とダイレクトメールを送ったのだった。あと軍人が使ってたもので、防弾チョッキなみの活躍をして銃弾をくいとめた武勇伝もある。
 
1950年代。グレースは社長になり、 ファイロファックス の普及に尽力したのだった。グレースの後継者は、社名のノーマンの元になったノーマン氏の従兄弟のジョー。
 
このジョーもやり手だった。エヴェレスト登山チームのオフィシャルに選ばれて、地球上の土地で最も高いところに登ったのは、 ファイロファックス となった。すごい名誉。
 
1980年代になって経営者はデイビッド・コリションに移る。コリションは ファイロファックス の販売会社をしていた、根っからの ファイロファックス ユーザー。売る立場から、ついに作る立場もゲットしたコリション氏は、斬新なアイデアを連発、ドントフォーゲット(忘れなメモ)とか、カードホルダー(名刺入れ)を実用化したのだった。
 
ファイロファックス はますますビジネスマンの必須アイテムになり、デジタルの登場まで、システムの名前を欲しいままにしたわけだ。
 
ファイロファックス はそうして商標をこえて、このタイプの手帳の代名詞になった。ステープラーで言いところの、ホッチキスの地位まで登ったわけだよ。
 
偉大だね!  ファイロファックス ! 
 
ちなみに、商標の fILOFAX は頭文字の「f」は小文字だから注意。
ただのタイプミスだったのだけれど、「コレなんかイイんじゃね!?」ってことで採用。ロゴになったのであーる。
 
日本の輸入の代理店は日本シイベルヘグナー。

日本公式サイトはコチラ↓ カタログが見られるよ。

http://www.filofax.jp/

 
そうそう、システム手帳を外人たちはオーガナイザーと読んでいる。オーガナイズ。「O(オー)がない図」じゃないよ。「組織化したもの」ってわけだ。組織は金具の開け閉めで簡単にいれかえられるしね! リフィルの入れ換えは人事みたいなものか!?
 

 
ファイロファックス(fILOFAX)ブランドヒストリー 完