お母ちゃん
物心ついたら
母の事を、お母ちゃんって、呼んでた
大好きだったな
お母ちゃん
共稼ぎだったし
今みたいに、ネグレクトとか
道義的な、干渉の無い野放図の時代だったから
幼い頃は、いつも姉と二人で
お留守番してた
お母ちゃんに、甘えたり
一緒に、遊んでもらった記憶も
あんまり、無いな
でも、大好きだった記憶だけは
はっきり、あるよ
お仕事が、お休みで
今日は、ずっと一緒に居られるって
とっても、嬉しかった
あの日
急に忙しくなって
仕事場の焼き肉屋さんから、連絡入って
「やっぱり、お仕事いくね、ゴメンね」
って、言って出掛けて行く
お母ちゃんの背中を
(;´д⊂)泣きながら
見送った、記憶
やけに、生々しく憶えてる
小学生の低学年のころ
姉から
「もう、お母ちゃんって、呼ぶの
恥ずかしいから、お母さんって、呼ぼうね」
そう言われて、
お母ちゃんは、お母さんになった
相変わらず、好きだったけど
もう、後を追うことも
寂しくて、泣いて求める事も無くなった
お母さんは、ヒステリックな人だった
怖くて、恐くて
あんまり、話しもしない子供になってた
お父さんも、子供が
そのまま、大人になったような人で
可愛いがってはくれたけど
気まぐれに、怒られたり
叩かれたりして
ま、でも、そんなもんだと思っていた
親って、そんなもんだと思っていた
姉も、優しかなかったな
私が、可愛げの無い妹だったからかな
独りで居るのが、好きな子だった
独りで空想遊びするのが
1番、ホッとする、大好きな時間だった
ある日、アイロン掛けしてたのね
ちょっと、目を離して
畳に、焼け焦げ盛大に、こしらえてしまって
アリャ、こりゃあ怒られる!
お母さんに、鬼のように怒られる!
下手したら、叩き殺されると思って
夕方遅くまで
近所の神社境内のブランコで
大好きな歌謡曲を、延々と歌っていた
これが、最後かも…とか、思いながら
ま、そんな事は無く
叩かれもしなかったけど
でも、本気でそんな事思う子供だった
私はね
大きくなるにつれて
お母さんは、好きな人では無くなった
お母さんは、お母さん
ただ、それだけ
それだけの存在
きっと、父も母も姉も
私に愛情はあったと思います
ううん
それは、確かな事実
でも、私はそれを
感じる情緒が、育って無かったんだよね
家族への愛情が薄い
薄情な人へと成長してしまいました。
決して、自分が不幸とは思って無いけれど
それが、私のコンプレックスだったかも知れない
自分が情の無い、薄情な人間だと思っていた
結婚してからも、それは変わらなくて
実家に行くのも、あまり楽しくはありません
いい大人だから
それなりに、接してきたけど
波風立てない程度に
甘えないように
そんな感じ
父が亡くなった時も
哀しくなかった
涙は、こぼれなかった
いま、お母さんは末期の脊髄のう腫です
夏の終わりに、発覚し、入院しています。
もう、歩く事は出来ないようです
元々、ふっくらしていた人が
すっかり、細く小さくなって
姿だけで、無くて
何だか小さい少女のようで
可愛いんだよね
素直で、心細そうにしてて
お母ちゃんは、恐くも
ヒステリックでも無くて
可愛いい、可愛いい
少女のような、おばあちゃんになりました。
あと、残された時間を
穏やかな、優しい時間に満たしてあげたい
お姉ちゃんと、力を合わせて
少しでも、笑顔の時を増やしてあげたい
そんな風に、素直に思える私がいます
少しは、情が芽生えて来たようです
お母ちゃん
大好きだよ