お兄ちゃんと私 【 結婚式準備編―2 】
「待ってたわよーーーー!」
ハイテンションで、店内に現れたのは、この、アルマンディ東京支店でファッションアドバイザーを務めるテンちゃん事、ジェリー・ウッズだ。純粋な日本人みたいだけど、本当の名前は聞いたことがない。親しい人だけは、彼女の愛称を呼ばせてもらえる。レディに年齢を尋ねるのは無粋らしくて、本当の年齢は教えてもらえないけれど、小3の時に初めて会ってから、ずっとテンちゃんは変わらない。
東京に来てからは、ずっと、テンちゃんが私の服をコーディネートしてくれている。
「キョーコちゃん、久しぶりー。いやん、ご無沙汰だったじゃない。彼氏とデートで忙しかったの?」
未だに、私を捕らえている蓮をものともせずにギュッと私にハグして、蓮をちらりと見ながらそんな事を言うので、私は、彼女のテンションに呆気にとられている蓮から逃れて、慌てて否定した。
「違うわよ!テンちゃん。彼は、パパと再婚したジュリママの息子よ!」
「あら?そうなの?せっかくいい男なのにぃ。でも、私のダーリンには負けるけどwww」
その言葉に、蓮を除く全員は苦笑するしかない。テンちゃんのダーリンは、宝田のおじ様だ。パパの紹介で知り合って、フォーリンラブしてしまったらしい。テンちゃんは、私の憧れの人だけど男の趣味だけは理解できないわ。
「ダーリンって?」
蓮が不思議そうに尋ねてきたので、教えてあげた。顔がにやけちゃうわ。
「宝田のおじ様の事よ。…負けたわね、蓮。」
「・・・・・・。」
「・・・・ぷっ。」
目を見開いて、呆然としているので思わず吹き出しちゃった。蓮を言い負かせるなんて、滅多にないから気分がいいわ。
「笑ったね?まあ、いいよ。俺のダーリンにも誰も勝てないだろうし。プラマイゼロだからね。」
なんだか訳のわからない事を言ってうんうん頷いた蓮を見て、防衛本能が働いた。意味を聞くのはやめておこう。
「あらあら、なんだか逆に惚気られちゃったわ。さっ、そろそろお洋服選びましょうか。オーナー。キョーコちゃんと蓮ちゃんは私が選んでいいんですよね?」
『ああ。周平と、樹里さんは俺に任せて、そっちは頼むぞ。』
「はーい。行きましょ、二人とも。腕によりをかけて厳選したからね。」
器用に、英語と日本語で会話を成立させたテンちゃんに私たちは大人しく着いて行った。
「あら、蓮ちゃん。レディーのお着替えを除くつもり?キョーコちゃんがいいなら私はいいんだけど。」
ドレスがずらりと並ぶフィッティングルームの中にテンちゃんの後に続いて入る。一緒に入ってこようとする蓮にテンちゃんが小首を傾げた。
「絶対にダメ!蓮は隣よ!」
思わず足を止めた蓮の鼻先で、私は急いでドアをバタンと閉めた。放っておいたら本当に覗かれそうだもの。
「締め出されちゃったわね、可哀そうに。私は、いいと思うけどね。あんな優良物件中々巡り会えないわよ。彼とは付き合わないの?」
「私は誰とも付き合ったりなんかしないわ!恋だの愛だの愚かな事はしないの!」
衣装を選びながら、テンちゃんが聞いてきた。私と蓮が付き合うなんてありえないわ!
「あら。恋は素晴らしいわよ。女は、恋をしないと綺麗になれないわよ?それに、彼、キョーコちゃんに本気みたいじゃない。私が、キョーコちゃんに抱き着いたら威嚇されちゃったわ。」
「あんなの、お気に入りのおもちゃを取られたくない子供と一緒だわ。それに、私、蓮にそういう事言われたこと一度もないもの。」
・・・そうよ。自分に逆らう人間が今までいなかったから、物珍しくて構ってるだけよ。
「え?毎日愛を囁かれて、新婚さんみたいなことしてるんじゃないの?」
「ああああああああいなんて、囁かれたことないわ!訳の分からない事は、毎日言ってくるけど。」
テンちゃんに手渡された衣装に袖を通していたら、そんな事を言われて心底驚いた。あの男にそんな事言われたこと一度もないわ!
「ふーん。それは減点ね。愛の言葉は大事よね。ああ、キョーコちゃんはそれが気に入らないのね?やっぱり、愛してるくらい言ってほしいんでしょ?」
「違うわ!私は、あいつの事なんてなんとも思ってないもの!」
テンちゃんは、すぐそういう方向に持っていこうとするんだから!私は、別にあいつに好きだとか愛してるか言って欲しいわけでも、言われないから気に入らないわけでもないわよ。
「はいはい。そんな事言って、気が付いた時には誰かに取られちゃってても知らないわよ?ほら、メイクするからそこに座って。」
蓮が他の誰かのものになる?そういえば、初めて会った時も綺麗なお姉さんに言い寄られていたっけ。・・・・なんだろう、なんだかもやもやするわ。私は、初めて感じる感情に戸惑った。でも、それを突き詰めるのは何だか怖い気がする。