[創作] From all that day... ~レオ Side~ | てんじゅのひとりごと

てんじゅのひとりごと

主にイケメン王宮の呟き、自身の創作のブログになります。私自身、妄想好きなので創作は暴走するかもしれませんが、そのあたりは温かい目で見て頂けると光栄です。最近はイケミュをきっかけにRush×300の結城伽寿也君にもハマっていますwww

From all that day... ~レオSide~

(何でこんな日に・・・)

心が洗われるような綺麗な満月の夜だった。月が滲んで見えるのは綺麗だから?それとも・・・。

隣でアランは両親が大切にしていた置時計を胸に抱えたまま地面に突っ伏し小さな肩や背中を震わせている。本当は大声で泣き叫びたいであろう小さな背中はそれを懸命に堪えているようにレオの目には映った。だからこそ今ここで自分が泣くわけにはいかなかった。レオは滲む視界を取り去ろうと何度も瞬きをしながら燃えていく自分の屋敷を見つめているとその視界に人影が入り込んだ。
ちょうどレオ達がいる場所と屋敷を挟んで反対側の草むらの影。

(何であんなところに人が・・・?)

目を凝らすと月明かりと燃えている炎の明かりでその人物の容姿が認識できた。

(あれは・・・叔父さん??)

叔父といってもそれほど面識はない。父からもあまり仲は良くなかったと聞かされていてその為か自分達も数えるほどしか会った事がない。疎遠だったはずの叔父が何故この場にいるのだろう。屋敷の火事を聞きつけて来てくれたのだろうか?
それならばあんな影になるような場所にはいないはずである。

(じゃあ何でここにいるんだ?)

レオは疑問に思いながら遠目にじっと叔父を見つめていた。
どうやら叔父は反対側にいる自分達の存在には気が付いていないようで同様に炎に飲み込まれていく屋敷をじっと見つめていた。しかし叔父のその表情にレオは子供ながらに違和感を抱いた。
心なしか叔父の表情が明るく見えた。遠目に見ているせいだろうか。それとも月夜の明かりのせいなのか・・・。レオは見間違いかと思いながら何度も目を細め瞬きを繰り返して叔父の表情を読み取ろうと目を凝らしていた。
視界の隅で屋敷が音を立て炎が燃え盛り辺りが一瞬ぱっと明るくなった時に目にした叔父の表情を見てレオは息が止まった。

炎の明かりに照らされた叔父の顔に浮かんだのは悲しみの色ではなくその真逆。口角を釣り上げ非道とも取れる笑みを浮かべていたのだった。

(笑っている??何で・・・)

ほとんど面識のない叔父がこそこそするようにこの場に居る事、叔父の笑み。普通ならば自分達を心配して駆け寄って来ても良いはずなのにそんな様子も叔父にはない。子供ながらに勘の鋭いレオは思考を巡らせるうちに自分の中である仮説がよぎった。
それと同時に屋敷が炎にのまれ大きな音を立てて崩れていく。それはまるで自分の心が壊れていく様を見ているようだった。

(俺のこの考えが本当だとしたら・・・)

ちらっと隣にいるアランに目をやるとアランはまだ地面に突っ伏している。叔父の存在を見てはいないようだ。

(アランがこの事を知らないのなら尚更好都合だ・・・)

それだけが救いなのかもしれない。甘えん坊だった弟の目に両親の亡骸を最初に触れさせてしまった。こんなにも苦しい上に身内の叔父がこの事に関わっている事を知ったらアランがどうなってしまうか分からない。こんな思いは自分だけで十分だ。共有する必要はない。
再び視線を戻すと叔父が居た場所に人影はもうなかった。これで叔父がここに来たのは自分達を心配して来たわけで無かった事が明白になった。誰も知らせていないのに何故この場にいたのか、そして叔父が見せたあの微笑みの意味・・・。レオの中でパズルの様にバラバラだった事柄を一つずつ整理して当てはめていくと違和感もなく確信へと変わっていった。

(まさか・・・でもそうとしか考えられない)

「本当にこれで・・・良かったの・・・?」

レオが拳を握りしめて姿の消えた木の影を睨みつけていると、隣で声を震わせながらアランが尋ねてきた。

(これで良いはずはない・・・でも・・・)

レオはアランを見下ろしながら唇を噛みしめ拳を震わせながら口籠ってしまった。
この場で本当の自分の気持ちを出してしまったらアランはもっと冷静でいられなくなる。今はアランの気持ちを落ち着かせる事が先決だ。

(どう言えばアランの気持ちを宥める事が出来るんだろう・・・)

燃えていく屋敷を見つめながら口をついて出た言葉は・・・

「これしか方法がなかったんだ・・・仕方ないよ・・・」

そう自分で口にするものの心が激しく反発する。しかしこの場を丸く収める為には「仕方ない事だ」と言ってアランには納得させるしかないのだ。
しかしこれはただの偶然でもなければ事故でも無い。叔父は両親を・・・自分の身内である兄を手にかけた。証拠はない。手広くいろいろやっている叔父の事だ、簡単に証拠を掴まれるような事はしていないはずである。
炎に照らし出された叔父のあの笑みが脳裏に焼き付いて離れない。目撃してしまった以上見て見ぬふりは出来ない。叔父の事をどこまで追及出来るかは分からないが探究心旺盛な自分にとってそんな事は苦にならないはず。むしろ自分にしか出来ない事だと思う。

レオはふと夜空を仰いだ。赤い瞳が大きな満月を捕らえる。月を見ていると不思議と力が・・・勇気が湧いてくるような感覚を覚えた。

『満月は人を惑わす』

何かの本で知った言葉。

(惑わす・・・か・・・)

自分の中にこんな激しい感情があるなんて知らなかった。自分で自分が一番驚いている。
でも今なら何でも出来る気がする。月の魔力のせいでもいい。とにかく今は力と勇気が欲しいのだ。目的の為に・・・。
レオは心の底から湧きあがる怒りと決意を胸に叔父が卑劣な笑みを浮かべて佇んでいた場所を睨みつけながら低く呟いた。

「俺達は生きる。生きて・・・」

言い切らないうちにさらに目頭に力を込めて強くレオはあの場所を睨みつける。

(両親の復讐をするんだ。俺は絶対に許さない・・・)

言葉の続きを胸に秘めてレオは一点を見つめたまま鋭い眼差しを向け続けていた。そんなレオの姿をアランは無言で見上げていた。

宮廷官僚とその妻が亡くなったにも関わらず王宮内は際して騒ぎにならなかった。そして双子の屋敷の火事も世間に大きく取り上げられる事もなく、まるで何事も無かったかのようにレオとアランの周囲はひっそりとしていた。それは二人にとっては好都合ではあったが、あまりにも普通すぎる日々に逆にあの事が全て夢物語だったのではとさえ思えてしまう。

あの出来事の後、レオとアランは王宮から少し離れた場所に住む叔父の家に引き取られる事になった。叔父の悪事を暴こうとしている身としては絶好の機会だと思ったレオは叔父からの申し出を快諾した。

「これからは私が君達の親代わりだ。何でも言いなさい」
「ありがとう叔父さん・・・」

優しそうな目で微笑む叔父ににっこり笑って答えるレオ。しかし本心は違う。

(絶対に叔父の悪事を暴いてやる・・・)

表面とは裏腹にレオの中で怒りが燻り続けていた。
今まで音信不通だった叔父が自分達を引き取りたいと言ってきた理由にはきっと何か裏がある。でなければ私利私欲にまみれた叔父が俺達の親代わりを名乗り出るはずがない。この先俺達を使って何を企てているのかも気になるところではあるが今は叔父と両親との間に何があったのか、両親の死に叔父が関与した証拠を集める事が先決だ。その為にも自分の本心に蓋をして嫌でも叔父の側に留まり身辺から情報を集めるしか方法はなさそうだ。
どれくらいの時間がかかるかも分からない。でもあの日、燃え盛る自分の家を見つめながら心に誓った。

―自分の人生全てを両親の復讐の為に捧げる・・・―

(復讐を果たす為ならどんな事でもする。とにかく俺は俺のやり方で両親の敵を取るんだ・・・)

こんな自分の本心を隣で不貞腐れたように俯くアランに悟られる訳にはいかない。その為にアランの前では平然としていなくてはいけないし、当然嘘も必要になってくる。アランに嘘をつく事に申し訳なさはあるがこれもアランを巻き込まない為、復讐を果たす為には仕方のない事なのだとレオは常に自分に言い聞かせながら日々を過ごしていた。

両親との事などもう何とも思っていないような俺の態度にアランが苛立ちを抱いていた事も分かっていた。でもそれを改めるつもりも、ましてや真実をアランに告げる必要もない。逆にこの事でアランが俺に嫌悪感を抱いてくれた方がこの先も何かと都合が良い・・・そう思っていた。
叔父に引き取られてからは俺達の話を何処で聞いたのか周囲の人達からは憐れみの眼差しを向けられる事も多かった。

『強いね』『頑張って』

顔を合わせればそんな言葉をかけられる。その度に平気な顔をしてニコニコ笑って答える自分。表面で笑いながらも内心はそんな言葉は上辺だろ?と思う冷めた自分がいる。自分の本心を隠しながら表面で愛想よく振舞う事にもだいぶ慣れていた。

自分は強くもないし頑張るつもりもない。ただ俺を突き動かしているのは『復讐』という言葉だけ。周りに何を言われようが他の言葉など自分には何も響いてこない。

叔父の家に来てからレオとアランは顔を合わせる事が少なくなっていた。あえてアラン自ら避けているのはレオも薄々感づいてはいた。それ以上に変わった事と言えばアランの騎士の稽古に取り組む姿勢だった。以前よりも更に稽古に力を注ぐようになった。しかしその理由もレオには分かる。アランはアランで苦しんでいる。自分と同じように何か目標でも持たなければ自分を保てないのだろう・・・。

本当は甘えん坊で強くもないのに強がって必死に何かにしがみつくようなアランの姿はレオの目には痛々しく映り、それががむしゃらにも見えて見るに耐えられなかった。アランが抱えている苦しみを少しでも軽くしてやりたい・・・。そう思うのに互いの間に生じた僅かな歪みが今となっては深い溝となっている。

(これも自分が撒いた種。ならば別の方法でアランを解放すしかないのかもしれない・・・)


―二人で絶対騎士になる・・・―

同じ夢を持ちライバルでもあったアラン。辛い時も苦しい時も励まし合い二人でたくさんの事を乗り越えてきた。負けず嫌いのアランは何度も自分に果敢に挑んできた。アランとは技量的に差はほとんどなかった。違うとするなら戦術。何度手合わせをしても勝てないアランは決して弱音を吐く事もなくあらゆる手段を講じて毎日全力でぶつかって来た。
そんな努力もありアランは頭角を現し追い抜かれるのも時間の問題だった。そんな矢先の両親の他界がこんなに大きく自分達にのしかかるとは思いもしなかった。『あの光景』を目にしなければ何の疑問も抱く事なく今頃は自分も両親の意思を汲んでアランと共に騎士の道を目指していたに違いない。

しかしもう自分には剣を握る資格はない。剣は人を守る事も殺す事も出来る。
守る為に振るっていた剣が『復讐心』を抱いた事で俺にとっては諸刃の剣になってしまった。こうなってしまった以上もう自分は騎士を目指す資格はない。

(どうやら騎士は諦めるしかなさそうだ・・・)

両親とアランへの申し訳ない気持ちを抱えながらレオは毎日稽古に通うアランの姿を部屋の窓から見送っていた。そして心の中で呟く。

(アラン・・・ごめん・・・)

騎士を諦めた日からレオは稽古に通う事を辞め、その代わり本と向かい合う時間が増えて部屋に籠る事が多くなっていた。道は違っても王宮を守るというアランと同じ夢は捨てたくはない。そして何より兄としてアランを守りたいと思う気持に変わりはなかった。

(王宮とアラン、どちらも守る為に俺はどうしたらいいんだ・・・)

その時レオはふと思った。もともとクロフォードの家は宮廷官僚の家柄。父は何も言わなかったがきっと本来は自分達も官僚を目指すべきだったはず。それなのに自分達が騎士を目指す事が出来たのは父も母も俺達の意思を尊重してくれていたから。
ならば自ら騎士を諦めた自分は本来目指すべきだった『官僚』という道を選択するべきなのではないだろうか?
学ぶ事に苦は感じない。知らない事を知る喜び、そしてもっと深く知りたいと思う欲は人一倍強い自覚はある。

ならば自分は身に付けた知恵と知識を生かせる『官僚』になって側でアランを守る・・・。
そんな思いと同時に官僚を目指す過程で父に関して何か掴めるかもしれないとも思った。

『叔父への復讐』と『王宮とアランを守る事』

レオに相反する二つの目標が芽生えた頃、いつものようにレオが部屋で本を読んでいると珍しく叔父が部屋を訪ねてきた。
レオは嫌な顔ひとつせず愛嬌のある笑みを浮かべて叔父を部屋に招き入れた。

「叔父さん、話って何?」
「レオ、お前まで騎士になりたいなどと言わないだろうな?」

部屋に入るなりベッドにドカッと腰を下ろした叔父は低い声に上目遣いでギロっと鋭い眼差しをレオに向けながら呟いた。

(またこれか・・・)

相手に有無を言わせない高圧的な態度は叔父の十八番。きっと今までもこうして人を抑えつけてきたのだろうと容易に想像がつく。穏やかそうな表面とは裏腹にどこまでも腹黒い人間だ・・・。
そんな本心を抑えてレオはあどけなく笑う。

「騎士は諦めたよ。父さんが死んでこの家に来たからには、いずれ俺がクロフォード家を継がないといけなくなるでしょ?その為に知識と知恵を更に身につけないといけないし、騎士を目指している場合じゃないと思ったんだ」
「お前は弟と違って賢いな。それでこそクロフォードの跡取りだ」

叔父は鼻でふっと笑った。しかしレオの次の言葉で顔が強張る。

「だから俺は官僚を目指すよ、叔父さん・・・」

そう言い放ったレオの目に鋭さが宿る。その目に叔父は一瞬息を飲むが、口角を釣り上げて意味深な笑みを浮かべる。

「あいつと同じ道を選ぶのか・・・。まあそれも良いだろう・・・」

そう言って叔父はレオに冷ややかな視線を送りながら部屋を後にした。

これは叔父に対する宣戦布告。俺は父と同じ官僚という道を選び生前の父と同じ場所に立ち、父が何をして見て感じていたのかを知りたい。そしてその過程であわよくば父が「何を知ってしまったのか」という答えに辿り着くかもしれない。

ただ騎士を諦めると言う事は期待を寄せてくれていた両親とアランに対する裏切りになる。その事に後ろめたさを感じていたレオはこの事をちゃんとアランには伝えようと心に決めた。

それから数日後、レオは話があると言ってアランを部屋に呼んだ。こうして面と向き合って話すのは久しぶりで暫く顔を見なかったせいかアランの顔つきが凛々しくなったような気がした。

「何?話って」

閉まったドアに背中を預け不機嫌そうに、でも真っ直ぐに瞳を見つめて尋ねてくるアラン。その眼差しが逆にレオの胸を締めつける。その痛みをレオは愛想笑いで撥ね退け一呼吸置いて口を開いた。

「アラン・・・俺は官僚を目指す。そしてこのクロフォード家の次期当主としてこの家を継ぐ事にしたよ」
「は?」

目を丸くして短い声を発したまま微動だにしないアラン。
アランにとっては寝耳に水の話。しかも官僚だの当主などという言葉はアランと、ましてや父との会話でさえ一度だって上がった事がない。アランが驚くのも無理はない。

「何だよ、それ・・・」
「もう決めたんだ」

理由なんて話せる訳がない。アランが何と言おうと押し通すしかないのだ。

(これ以上何も聞かないでよ、アラン・・・)

納得のいかないアランの顔を見る事が辛くてレオは自ら視線を外し自分の気持ちを誤魔化したくてふっと笑う。その態度がアランを更に苛立たせたらしく、眉間に皺を寄せて怒りにも似た険しい顔をレオに向ける。

「レオ・・・。父さんと母さんの前でもそう言えるか?屋敷に火が放たれて泣き叫んでいた俺にあの時言ったよな?『死んだら騎士になれない。二人の分まで生きるんだ』ってさ。あれは俺達が父さんと母さんが望んでいた生き方をするって意味じゃなかったのかよ。」
「あの時は確かにそう思ったよ。父さんと母さんが応援してくれていたんだから。その期待に応える事が二人への弔いになると思ってた・・・」
「思ってた・・・?」

アランの眉がピクっと動き、険しかった目つきが更に鋭く疑うような眼差しに変わる。思わず口走った言葉にレオははっとしてこれ以上語る事は自分からボロを出すような気がして話を逸らす。

「でも・・・」

これ以上は口に出せない。じっと見据えてくるアランに心を読まれるような気がしたレオはアランの視線から逃れるように席を立ち窓辺に寄り掛かって外に目をやったままアランに尋ねた。

「アラン・・・。アランにとって守りたいものって何?」
「は?何だよ突然・・・」

突拍子もない質問に声音だけでアランが慌てている事が分かる。

「教えてよ」

(きっと俺とは違うものを見つけたんだろ?アラン・・・)

穏やかに微笑みながらアランに向き直ると困惑した顔で口を噤むアラン。やがてアランは自分の手を見つめながら口を開いた。

「強くなってこの手で大切なものを守る。もう失うばかりはたくさんだ・・・」

―大切なものを守る・・・―

その言葉にレオはゾクっとした。

(お前も・・・か)

やはり双子、思う事は同じだった。しかし皮肉な事に二人は正反対の「守る」道を選んだ。アランは大切なものを守る為に、レオは人を傷つける為に剣を握る覚悟をした。
自分が真っ当でないのは分かっている。でもここまで膨れ上がってしまった憎しみは達成されるまで消える事はないだろう。ならばせめてアランに気持ちだけでも託したい。

―騎士になるという気持ちを・・・―

レオは本心を悟られないようにわざと明るく振舞う。

「そっか・・・。それでこそアランは騎士を目指すべき人間だよ」
「・・・っ!!」

そう言い放つとアランの表情が一変し、ぐいっと胸ぐらを掴まれる。

「お前も騎士を目指してたんだろ?他人事みたいに言ってんじゃねえよ!!」

至近距離で同じ赤い瞳がぶつかる。眉間に深い皺を寄せて一際鋭い眼差しで睨んでくるアランに激しい怒りが満ちているのが分かる。
他人事と言えばそうなる。今の自分は騎士を目指していた頃の自分とは別人。そう自分に言い聞かせなければこの先は続かない。
アランとは対照的にレオは冷静な眼差しでアランを見据える。

「だいたいお前本気なのか?父さんが官僚の仕事をしていても興味あるような素振りひとつも見せなかったじゃねえか」
「本気だよ。アランにとって守りたいものがあるのと同じ俺にとっても守りたいものを見つけたんだ・・・」

その言葉にアランが眉を顰め、掴まれていた胸元から力が抜けるのを感じた。

「お前にとっての守りたいものって何だよ・・・」

じっと見つめたままレオの言葉を待つアラン。
アランがどんな言葉を待っているのかは分かっている。しかし騎士を、「守る」事を諦めた今の自分にそれを言う資格は無い。ならばせめてアランが心おきなく騎士の道に向かえるように背中を押してあげたい。迷いがあるのならそこから解き放ってあげたい。その為なら俺は嘘もつくし悪にでもなる。少しの沈黙の後でレオは意を決したように口を開いた。

「クロフォードの家だよ・・・」

その言葉を聞いた瞬間アランの顔は怒りで歪み掴まれていた胸元を乱暴に振り解かれ、その勢いでシャツが破けてボタンが床に散らばった。

「お前っ・・・」

怒りに満ちたアランの瞳に僅かな寂しさが浮かぶ。その目がレオの罪悪感を引き出す。
それでもなおアランを自分の目的に巻き込まない為に遠ざけなくてはいけない。痛む心を押し殺してレオはいつものように平然とする自分を作る。

「父さんもいないし、叔父さんが居なくなったら俺が必然的にこの家を継ぐ事になるんだ。その為にも官僚になっていろいろな知識、教養を学ばないとね。こんな事騎士になったら出来ないでしょ?」

心とは裏腹に自分でも驚くほど迷いなく言葉がすらすらと出てくる。自分はここまで冷徹な人間だったのだろうか・・・。無言で見つめてくるアランの顔には先程の激しい怒りの色はなくそれを通り越して失望感に満ちていた。

(そう・・・これで良いんだ。そしてアランに一番伝えたい事を言わないと・・・)

レオは自嘲気味に笑うと表情を変えて真剣な眼差しでアランに向き直る。

「だからアラン、お前は自分の意志を貫け。俺もこの家も大丈夫だから・・・」

(俺に囚われずアランには自分の思う道を進んで欲しいから・・・)

そう心の中でレオは呟きながら微かな笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。

「勝手にしろっ!!!」

アランは唇を噛みしめてレオを睨み、唸るような低い声で吐き捨てるように言って足音を響かせながら部屋を出て行った。勢いよく閉まるドアの音はまるでアランの感情そのものだった。
嵐が過ぎ去ったように静まり返る部屋。
レオはその場にしゃがみ込み力なく壁に寄り掛かかり小さく息を吐いて天井を仰ぐ。

(父さん、母さんごめん。これしか方法がなかったんだ・・・)

レオは目を閉じて記憶を辿っていく。


『レオ、アランは素直で考えるよりも体が先に動く子だから万が一の時は貴方が守るのよ』

いつのことだったかアランが不在の時に突然母さんにそんな事を言われた。産まれた時間が少し違うだけで「兄」と言われる事に疑問を抱いていた自分にとってその一言は理解しがたかった。

(何で俺が?)

不貞腐れた顔を母さんに向けると、母さんは微笑みながら両手で優しく俺の頬を包んで囁いた。

「アランは負けず嫌いで時に凄く意地になるでしょ?それは時として見境がつかなくなってしまう事もある。アランはまだ考えて動く事は出来ないけれど、その点レオは人一倍冷静に二歩も三歩も先を見据えて物事を考える事が出来る。だからアランが暴走しないように側で見守っていて欲しいの・・・」

(暴走か・・・。まさか俺の方が暴走するなんて母さんは思っていなかったんだろうな)

思わず笑みも零れてしまう。
母さんは決して「お兄ちゃんだから・・・」という言葉は使わなかった。俺に対しては安心していたのかかなりの信頼を置いてくれていた。その点アランは目が離せないくらいやんちゃで何かと母さんはアランに対しては手を焼いていた印象がある。その頃から俺の中でも兄としての自覚、責任感から弟を守るという気持ちを自然と持つようになっていった。

それからの俺達はいつも一緒だった。アランは「お兄ちゃん」と言って付いて回り何をするにも必ず隣に居る。それが俺達の日常で当たり前だった。

ある日、官僚として王宮に携わっていた父に「なぜ官僚になったのか?」と聞いた事がある。父は苦笑いを浮かべながらウチは代々官僚の家柄だからだと答えた。その時は漠然と自分もアランも官僚を目指すのだろうと思い大して気に留めなかった。でも自分の中の好奇心が疼いてもっと王宮の事が知りたくて父に時間があればアランと一緒に王宮の話に耳を傾けた。その過程で「騎士」という役職がある事を知った。父が騎士についての話をすると隣で一緒に聞いていたアランの目がキラキラと輝きだす。興味津々で耳を傾けるアランに俺はある事を閃いた。

二人で騎士を目指す。

体を動かす事が好きなアラン。俺も嫌いではなかったし何より母さんとの約束もこれなら果たせる、そう思った俺はアランに一緒に騎士を目指そうと提案した。最初は驚いた父さんと母さんも二人が本気で目指すのなら家柄に関係なく応援すると言ってくれた。官僚の父さんといずれは騎士として二人で王宮に従事出来たら・・・。そんな想いを抱いた。

それからはアランと剣を交える日々。辛くて厳しかった。でもそれでも乗り越えられたのは二人共通の夢を抱いていたからだ。アランと励まし合い、切磋琢磨してきた。アランとますます一緒に居る時間が増え、剣術について語り考える事も多くなった。これで俺達の絆は更に深いものになる・・・はずだった。

(積み上げるのは大変なのに、壊すのは簡単なんだな・・・)

レオは膝を抱えてうずくまり大きく息をついた。

これで完全にアランとは決別した。しかしこうでもしない限りアランは「二人でいる」事ばかりに囚われて前に進めなくなってしまう。ならば憎まれてでもアランの背中を押してやるのが一番良いと思った。ここに、過去に留まるのは自分だけでいい。大切なものを失い、裏切り、夢さえも捨てた。失うものもない。たとえこの先どんな事が身に降りかかっても動じない自信がある。そう思うだけで恐怖感が薄れ自分が無敵になったような気になれる。ここまで恐怖を抱かない自分が逆に怖いくらいだ。
しかし自分の意志でこの道を選んだ。もう引き返す事はない。

俺は一人「この道」を歩いて行く。絶対に「復讐」してやる・・・。

「俺は絶対に許さない・・・」

レオはうずくまったまま拳を握りしめて呟いた。
この時からレオの思考が本格的に復讐の為に動き始めたのだった。


それから数日後の早朝。

隣のアランの部屋から聞こえる物音で目を覚ましたレオは目を擦りながらベッドから体を起こす。

(アラン・・・?)

アランの立てる音に耳を澄ませていると階段を下りて行く足音にレオは首を傾げる。

(こんな時間にどうしたんだろう・・・)

不思議に思ったレオは様子を見に行こうとベッドから足を伸ばし床に足を着けた時「バタン」と玄関が閉まる音がして慌てて階段を駆け下りてアランの後を追った。

(アランも決めたんだ・・・)

いつかこんな日が来るだろうと思っていた。それを仕向けたのは自分。だから今更理由なんて聞くつもりもない。ただ何となく暫く会えないような予感を感じて体が自然に動いていた。一切後ろを振り返らないアランの背中に声をかけようとレオが立ち止まるとアランが足を止めてこちらに振り返った。

「アラン・・・」

起き抜けの体にランニングはさすがに辛くて肩で息をしながら名前を呼ぶのが精一杯だった。

「何?」

アランの冷ややかな眼差し。一瞬こちらを見た後すぐにふいっとアランは顔を逸らした。
二人の間にもう以前のような和やかな空気はない。今日が二人にとっての人生の分岐点になるのだろう・・・。
アランを引き留めるつもりはない。自分も進むべき道を見つけたと同じようにアランも道を見つけたのだ。ならばこの目でちゃんとアランを送り出したい。息を整え顔を背けたままのアランをレオは真っ直ぐ見つめる。

「行くの?」
「俺は絶対騎士になる。その為にもうこの場所は必要ないから・・・」

それだけを言い残しアランは踵を返して一度もレオに振り返らないまま歩いて行く。
小さくなっていくアランの背中をレオはいつまでも見送っていた。

(頑張れ・・・アラン・・・)

そう心の中で呟きながら・・・。


その後、レオはますます真剣に勉強に取り組むようになった。叔父の援助を受けて学校に通い休みの日は部屋に籠ってひたすら読書。知れば知るほど更に深く知りたくなって図書館にも出向いた。そうしていくうちに勉強の他にもいろいろな知識と知恵も身についていった。それと並行して諦めたはずの剣術も気分転換で密かに続けていた。腕が鈍っては復讐は叶わない。
憎い人間の側で平然を装って取り繕う自分。学費の援助も何か魂胆があるに違いない。それならいっそ利用するまでだ。

叔父の側にいてもレオの中で日に日に憎しみが募るだけだった。でも全ては復讐の為なのだと必死に自分に言い聞かせる。そのうちに毎晩あの日の光景を夢見るようになり、うなされろくに眠る事も出来なくなっていった。自分に無理がたたっている事は分かっている。でもやはりあの日の叔父の取った行動は腑に落ちず見過ごす事は出来ない。レオの中の正義感がそれを正せと自身に訴えかけてくる。
レオはその訴えに突き動かされるように、官僚になる為の勉強と並行して叔父の身辺を自ら洗い出し情報屋を使って調べる事を進めていった。



―数年後―

レオは難関をくぐり抜け見事に宮廷官僚となった。父と同じ場所に立ち見て聞いて感じる事が出来る、もしかしたら何か自分の世界観が変わるかもしれないと僅かな期待さえ抱いた。でも実際は何ひとつ自分に変化はない。周りの官僚は概念に囚われた頭の固い人間ばかりで日々うんざりする。だからといって宮廷を変えようとする気もレオにはない。官僚を目指したのは今になってみれば叔父に取り入り「復讐」を果たす為の肩書にすぎないのかもしれない。

そして・・・。


レオが廊下を歩いていると見覚えのある姿が向こう側から近付いて来る。顔を合わせるのは何年ぶりになるのだろうか。甲冑姿がすっかり様になっている。

今日は騎士団長の任命式が謁見の間で開かれる事になっていた。その長に前例のないほどの早さでアランが選ばれたのだ。騎士としてアランが王宮に所属していた事は前から知ってはいたが官僚と騎士が普段王宮で顔を合わせる機会はほぼ無いに等しい。騎士団長にアランが選ばれた事を初めて知った時は本当に嬉しかった。労いの言葉を一つでもかけたいところだがきっとアランに蹴散らされるだろう。
足早に自分の脇を通り抜けようとするアランにレオが笑みを浮かべながら一言零す。

「アラン、久しぶりだね」
「・・・」

そう声をかけるとアランは立ち止まり横目で刺すような視線だけをレオに送る。

「昇進おめでとう。兄として嬉しいよ」
「誰が『兄』だ。もうあんたと兄弟だと思っていないから・・・」
「つれないね、アランは」
「そんなあんたは相変わらずなんだな・・・」
「そう?こう見えて結構変わったと思うんだけど?」
「そんなの知らねえよ・・・」

すれ違い様に一度もレオの顔を見ずにそう言い放ってアランは謁見の間に続く廊下を歩いて行った。

(あんなに小さい背中だったのにな・・・)

アランの大きくなった背中を見つめながらレオは昔アランが家を出た日の朝の事を思い出す。幼かった自分が守ろうとしていた小さな背中は力も知恵も知識もまだなくてあの時は守り切れなかった。もう守る歳でもないけれどせめて側でアランを支えたいと思う。

(本当は俺にはそんな資格はないけれどね・・・)

レオは何処か寂しそうに笑いながらアランの後ろ姿を見つめていた。

その後もレオは復讐の機会を窺いながらも憎い叔父の側に居続ける。そして自身に十字架を課すように自身をさらに追い込む。そんな時、プリンセスと出会い少しずつ変化の兆しも見えてくるが、事態は最悪な方向へと進んで行くのだった・・・。


~END~