Instagramでたまたま目にした猫ちゃんの動画があまりにおもしろくて、流れてくるたびに見ていたら、だんだん似たような他の猫の動画も混じるようになりました。かわいい仕草やお利口さんな様子に、へぇ~こんなに賢い猫ちゃんがいるんだ
と感心したり、我が家の花ちゃんに爪の垢でも煎じて飲ませたいものだなんて思っていたら、あるときどう見ても猫はこんな動作しないでしょ、と違和感を覚える動画に出会いました。Instagramに詳しい友人に聞いてみると、どうもそれは生成AIによる動画らしいのです。
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生成AIとかChatGPTなどことばとしては知っていても、今まで楽しく見ていた動画がそれだったなんて思ってもいなかったので、最初はどうしても信じられず、何度見返してもわたしの眼にはホンモノの猫ちゃんにしか見えません。すると友人はふつうに人物がしゃべったり笑ったりしている動画を見せてくれて、最後まで見ても何のことかわからずきょとんとしているわたしに「これ、生成AIの画像だよ」と言うのです。ええ~~っ
そうなの
。見たところふつうの動画とまったく変わらないし、違和感もなし。そして続けて見せてくれたのは世界的に有名な大スターの動画で、それもほぼ間違いなく生成AIで作られたものだそうです。
かわいいかわいい孫娘ののんちゃん
これは100%生成AIではありませんよ~(笑)
どこからどう見てもその人にしか見えないこの映像が偽物
どこが
。わたしには絶対に見破れないし、その完成度の高さにびっくりです。有名人などの場合肖像権とか著作権も気になりますが、その前に生成AIの世界での現実と虚構の境目って何だろうと気になります。わたしはその世界的大スターを直に見たことは一度もなく、テレビや映画やInstagramなどメディアの中で目にする映像がすべてです。それらを通してわたしはその人を「知っている」と思っていたけれど、わたしが見ていたものの中にホンモノではないものが混じっていたとしたら・・・
。見たものをそのまま信じ切っていたじぶんの足元が急にぐらぐらと揺らぎはじめます。
イェイッ
めっちゃ上手にできたね、たっくん
・・・こちらも100%現実だよん(笑)。
ChatGPTが書いた文章や生成AIが作った画像など所詮つくりもの、人間の創造力や頭脳に比べればたいしたことないと何となく思い込んでいたむかし人間のわたしにとって、今回見た生成AIの画像はほんとうに衝撃的で、大げさに言えば世界がひっくり返るくらいの驚きでした。知らないうちに世の中はこんなにも進化していたんだという驚きに加え、畏敬(いけい)の念も感じます。楽しみのために見る猫の画像が生成AIだったとしても笑って済ませられますが、やはり実在する人物やものへの冒涜(ぼうとく)はあってはならないことなので、作る側見る側双方にモラルが求められるのは言うまでもありません。
仲良し兄妹~![]()
生成AIもChatGPTももはや拒否する術はなく、気づかぬうちにわたしたちの日常の中にじわじわと浸透しているのですから、あとはそれらとうまく折り合いをつけながら、踊らされることなく共存してゆくしかないのではないかと思います。わたしが気に入って見ているInstagramの猫ちゃん動画は生成AIではないはずですが、できることなら生成AIの画像ならそれとわかるような印や色など、何か目印があればいいのになぁと思ったりします。事前にそうとわかって見るのとあとから知らされるのでは受け取り方もショックもずいぶん違うと思うのですが、何だか最近かわいい猫動画を見ても「もしかしてこれも生成AI
」と疑っている自分に嫌気がさして、いっそ何も知らずに見ていたときの方が楽しかったな~なんて複雑な心境になっています。
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yantaro ![]()
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