ふだん出かけるときは、事前にどこへ行くか、何を見て何をしたいかなどある程度は目星をつけて行くのですが、ごくたまに、何の計画もなくとりあえずふらっと家を出たくなることがあります。今回もそうで、少し前からしつこいめまいが治まらず、そこに花ちゃんの急死が重なってどうにも気持ちが晴れないので、ちょっとだけ外に出ることにしました。
あまり遠出はできないけれど、埼玉の我が家からは首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の青梅(おうめ)ICに向かえば中央道に出られるし、狭山日高(さやまひだか)ICに向かえば関越道や上信越道、東北道に行けるので、ひとまず選択肢の多い狭山日高ICから圏央道に乗り、途中で地図を見て、行ってみようと思ったのが奥四万湖(おくしまこ)(群馬県吾妻郡)です。
以前何かで“四万(しま)ブルー”と呼ばれる美しいコバルトブルーの湖を見たのを思い出して来てみたのですが、関越道の渋川伊香保(しぶかわいかほ)ICを下りて一般道を約1時間、ドライブにはちょうどいい距離です。
来てみると奥四万湖は利根川水系の“四万川(しまがわ)ダム”の建設によりできた人造湖で、群馬の秘湯“四万温泉”よりもさらに奥に位置しています。
地図によると湖畔には一周約4㎞の周遊路が整備されているので、車で回ってみようと思います。
ここは周遊路の最奥にある“赤沢橋(あかさわばし)”。
橋の上から下流方向を望むと、ダム湖の堤体(ていたい)がわずかに見えます。晴れていたら
きっともっと湖の色がきれいでしょうね。
周遊路途中にあった“
石楠花(しゃくなげ)の滝”という看板を見て行ってみると、
生い茂った緑の合間から滔々(とうとう)と流れ落ちる滝が見えました。台風6号の通過直後で、落ちる水の勢いはかなり強いように感じます。
周遊路に戻りダム方向へ。中央線のように見えますがすれ違いは難しく、道はこちらから向こうへの一方通行になっています。
上流方向に目を向けるとコバルトブルーの湖水
が見えました~。
ダムに近づいてきました。中央に見えるのが取水設備のようです。
満水時に比べるとやはり水量は少ないようですね。
四万川ダムの管理事務所と竣工記念碑。
ダムの天端(てんば=ダムの最頂部)は歩いて渡ることも、車で通ることもできるようになっています。
天端(てんば)の高欄(こうらん)には地元の小学生による陶板画がはめ込まれています。
案内板によると、右手の建物から下へ伸びるレールのような部分を“インクライン”といい、管理用の船の上げ下げに使う設備だそうです。
天端(てんば)の中央からダム湖の上流を望む。
反対側はダム湖に貯まった水を放流する“洪水吐き”。“こうずいばき”と読み、通常時に使われる“常用洪水吐き”と、それを上回る放流を行うときに使う“非常用洪水吐き”の二種類があるそうです。
上からのぞき込むと、ダム下には公園も整備されています。
天端(てんば)の取水設備。
洪水吐きの下が階段状になっているのは、ダムから落ちる水の勢いを和らげ、川底が削られないようにするための“減勢工(げんせいこう)”という設備だそうです。
曇り空でも四万ブルーは美しい
。
水面に浮かぶブイのようなものは“網場(あば)”といい、湖に流れ込んだ木やごみがダムの放流設備に入り込まないようにするものだそうです。途中にある門のようなものは管理用の船が通るためのゲートだそうです。先ほど見たインクラインから下ろされた船がここを通るのですね。
ダムの天端(てんば)とダム底にある通路を結ぶ管理用のエレベーター。
その隣は湖の水面の高さを正確に測るための“水位計”のある建物。ダムの堤体を含むすべての構造物が同じデザイン、同じ色合いで統一され、周囲の景観にも溶け込んで落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
命の水を湛える奥四万湖は、
静かで、マイナスイオンたっぷりで、心身を癒してくれる美しいところでした。
ゆるきゃら“ぐんまちゃん”と一緒に写真が撮れるフォトスポットも
。
奥四万湖から数分来た道を戻るとそこが“四万(しま)温泉”です。
四万川の清流沿いに鄙(ひな)びた温泉旅館などがあるようなので、そちらに行ってみます。
おっ
。河原にはその名も“河原の湯”という共同浴場がありました。
駐車場に車を停めて温泉街を歩いて行くのですが、意外にも廃業したような旅館や日曜日にも関わらずシャッターの下りた店が多い感じがします。
こちらが四万温泉といえばここ、というシンボル的存在の“積善館(せきぜんかん)”。1694(元禄7)年創業という老舗の湯宿です。
こちらは積善館の建物をリノベーションした“薬膳や向新(こうしん)”という食事処。体に優しい薬膳粥や薬膳酒、甘酒や豆乳を使ったデザートなどがいただけるそうです。
赤い橋の奥に見えるのが群馬県の重要文化財にも指定されている“積善館本館”の建物で、ジブリ映画『千と千尋の神隠し』の湯屋のモデルにもなったと言われているところです。
橋の上から見る景色もノスタルジックでいいですね
。
“薬膳や向新”の建物を裏側から。
橋を渡ると積善館本館の玄関です。現存する日本最古の木造湯宿建築として歴史的価値の高い建物だそうです。
ちょうど時分どきでもあり、玄関脇の食事処“積善や”で昼食をいただくことに。
夫は上州豚丼と具沢山豚汁の“上州豚三昧セット”。
わたしは小鉢付きの“釜揚げうどんセット”をいただきました。
店内には大きな釜で焼き上げる石焼き芋もありました
。
積善館を出て右手に曲がると、そこから“落合(おちあい)通り”が始まります。
営業しているのかしていないのか定かではない温泉宿の大きな渡り廊下の下をくぐり
ちょっと寂れた狭い路地道を歩いていくと、
そこだけ明るい電気が灯り、営業中であることがわかる射的とスマートボールの“柳屋(やなぎや)遊技場”がありました
。
むかし懐かしいスマートボールは45玉で500円。
これまた懐かしい軍艦マーチ
の流れる中、のんびりと一個一個ガラス玉を弾きます。わたしが座った台は15や5の穴によく入り、そのたびにバラバラとガラス面の上に玉が流れてくるのがおもしろくて、夢中になって遊びました。
こちらもリノベしたフランス料理屋さん。夕方からの営業かな
。
落合通りはあっという間に終わってしまい、橋の上に置かれたベンチに座って川の上流と
下流をながめながら一休みしました。
川の水が一ヶ所だけブルーグリーンに見えるのは、川底のせい
それとも光の具合なのでしょうか
。
レトロな看板がいっぱい
。
落合通りを戻ります。
営業はしていなくても、取り壊さず昔のままの街並みを保存してあるのはとてもありがたいですね。
かつての湯治宿でしょうか。建物の意匠がとてもおしゃれです。写真を撮り忘れましたが、一番向こう側にある“髙田屋菓子舗”の温泉まんじゅうは、黒糖の香りがしてとても美味しかったです。
川沿いのフォトスポットを通り過ぎ、
駐車場の方に戻っていると商店街の途中に“塩之湯飲泉所”がありました。
ひょうたんの形をした水盤に温泉が引かれています。
飲泉所のすぐ上に鳥居が見えるので行ってみると、
“高野稲荷社”があり、地元の神さまとして丁寧に祀られていました。
“四万(しま)温泉”の始まりは、今を遡ること1000年以上前の桓武(かんむ)天皇の御代に、征夷大将軍として蝦夷征伐に向かう途中この地を訪れた坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が入浴したことに由来すると伝わるそうです。また万病どころか「四万の病に効く霊泉」であることから“四万温泉”と呼ばれるようになったともいわれ、派手な温泉地ではないけれど、連綿とつづく歴史と確かな効能を兼ね備えた昔ながらの湯治場の雰囲気を今も感じられるところのように思いました。次はもう少し時間に余裕をもって来て、四万の湯にとっぷりと浸かりたいものです。
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