昨年(2025)末に訪れた比叡山延暦寺もそうですが、人生で一度は行ってみたいと思っている寺社仏閣がまだまだいくつもあって、実際はなかなか思うようにはいかないのですが、それでも年の初めに今年はどこにするはてなマークこことここに行ってみようかはてなマーク行けたらいいなぁ~と考えるのはとても楽しい時間です。

 

 そんなわけで志だけは大きく爆  笑ビックリマーク今年(2026)は目標を二つ立てたのですが、そのうちの一つが曹洞宗(そうとうしゅう)の二大本山を詣でることです。わたしたち自身曹洞宗のお坊さんに帰依(きえ)していますし、昨年夫の実家の日蓮宗の総本山を訪れたこともあり、やはり一度はきちんと参拝しておきたいと思ったからです。

 

 曹洞宗は中国の禅宗五家(臨済宗・曹洞宗・潙仰宗いぎょうしゅう・雲門宗うんもんしゅう・法眼宗ほうげんしゅう)のひとつで、日本には今から約800年前の鎌倉時代に道元禅師(どうげんぜんじ)によりもたらされ、瑩山禅師(けいざんぜんじ)により日本全国に広まっていった禅宗(ぜんしゅう)の一派です。曹洞宗では、御本尊の釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)とともにこのお二方をどちらも開祖と仰ぎ、“一仏両祖(いちぶつりょうそ)”というそうです。

 

 そして曹洞宗には大本山(だいほんざん)も二つあり、ひとつが道元禅師によって開かれた大本山永平寺(えいへいじ)(福井県吉田郡永平寺町)、もう一つが瑩山(けいざん)禅師によって開かれた大本山總持寺(そうじじ)で、もとは石川県の能登(のと)にありましたが、1898(明治31)年の火災で七堂伽藍(しちどうがらん)を焼失したため、1911(明治44)年に現在地の神奈川県横浜市に移転したそうです。総持寺(總持寺)は全国に同名の寺がいくつかあることもあり、ここは地名に因んで“鶴見(つるみ)總持寺”とも呼ばれますが、今回はこちらの大本山を訪ねました。

 

 参道を歩きながら知ったのですが、鶴見總持寺の周囲は学校法人総持学園が運営する鶴見大学のキャンパスに囲まれているんですねラブラブ。鶴見大学は文学部(4年制)と歯学部(6年制)、短期大学部と大学院、専攻科を備える私立大学だそうです。

 

 大学のキャンパスを背景にして建つ寺号標も珍しいですねラブラブ

 

 参道脇には開山の瑩山(けいざん)禅師700回大遠忌(だいおんき)を記念する石塔と

 

 延命地蔵尊が祀られ、

 

 その前に建つのが総檜造りの総門“三松関(さんしょうかん)”です。扁額の文字は「三樹松関(さんじゅしょうかん)」と読み、能登にある總持寺の祖院に龍の形をした立派な松の木が三本あることに因んでいるそうです。

 

 総門を入ってすぐ右手にあるこの建物は“新到安下所(しんとうあんげしょ)”といい、仏道を志し修行に来た僧侶がまず草鞋(わらじ)を脱ぎ、上山前に宿泊するところだそうです。

 

 木立ちに囲まれた緩やかな上り坂の参道を歩いて行くと

 

 境内図があり、おおまかな参拝ルートを確認します。

 

 まず最初に出会うのが壮大な“三門(さんもん)”です。禅宗寺院における三門は禅宗七堂伽藍(ぜんしゅうしちどうがらん)の一つでありその寺院の正門とされますが、こちらの三門も大本山の正門にふさわしく圧倒的な迫力で参拝者を迎えます。扁額の「諸嶽山(しょがくさん)」は鶴見總持寺の山号で、楼上には観音菩薩(かんのんぼさつ)と地蔵菩薩(じぞうぼさつ)、そして十六羅漢像(じゅうろくらかんぞう)が祀られているそうです。

 

 三門右手に見えるのは“三松閣(さんしょうかく)”。

 

 鉄筋コンクリート造りの三門は堅牢で、まるで宮殿のような雰囲気です。

 

 三門の左右には阿吽(あうん)の仁王像が祀られていて、

 

 鶴見總持寺のホームページによると、元横綱の北の湖関(きたのうみぜき)の15歳の姿をモデルにしたものだそうです。 

 

 筋骨隆々としたお姿をカメラに収めたくがんばってみましたが、金網に遮られここまでが限界でしたあせる

 

 三門をくぐるとロータリーがあり、

 

 その右手奥に“向唐門(むかいからもん)”が見えます。

 

 扉に付された金色の菊の御紋と最高格式を表す五本線の筋塀(すじべい)を見ても、この向唐門は勅使門(ちょくしもん=天皇の使者の勅使専用の門)であり、天皇家とのつながりが深いことがわかります。帰宅後調べると、向唐門は禅師の入山式や7月のみたままつり、11月の御移転記念日にのみ開扉されるそうです。

 

 向唐門前には開山の瑩山(けいざん)禅師(中央)と、その弟子の峨山(がさん)禅師(右)と明峰(めいほう)禅師(左)の銅像もあります。

 

 右手の“三松閣(さんしょうかく)”は地上四階、地下二階建ての大きな建物で、大講堂や大ホールを備え、檀信徒用の研修道場として使われているそうです。鶴見總持寺は創建が明治時代ですから、建物もすべて新しく近代的なつくりですね。

 

 さらに歩いて行くと右手に“香積台(こうしゃくだい)”という建物があり、

 

 境内図によるとここが鶴見總持寺の総受付になっているようです。

 

 舟底天井を見上げながら中に入ると

 

 まず目に飛び込んでくるのが巨大なしゃもじとすりこぎビックリマーク。どうしてお寺さんの受付にしゃもじとすりこぎがはてなマークと思ったら、“香積(こうしゃく)”とは香気が充満している世界のことをいい、禅宗では転じて庫裡(くり=台所)のことを指すからだそうです。なるほど、どちらも精進料理には欠かせないものですね。

 

 右手が拝観や御朱印、法要、墓地などの総受付で、左手が売店と休憩所、

 

 正面奥には福の神の“大黒天像”が祀られています。

 

 香積台の内部はとても広いのですが、そのほとんどが立入禁止で、

 

 檀信徒さんでなければ入れないのかなぁ~ととても残念あせる

 

 左矢印大祖堂、左矢印百間廊下などの看板はあるので、御朱印帳を預けながら総受付で尋ねてみると、

 

 香積台を含め諸堂の内部を見学するには、平日に一日2回実施されている“点心拝観(昼食つきの諸堂拝観)”(ひとり3500円)に申し込まなければならないそうです。

 

 しかも申し込みは3名以上からで、2週間前までに予約が必要とのこと。食事はともかく見学だけでもしたかったなぁと思うのですが、いつも行き当たりばったりで事前準備をしないじぶんのせいですから仕方がありません汗。点心拝観はガイドさんの案内つきで約1時間、精進料理のお食事とあわせて約2時間のコースだそうです。

 

 さて、香積台(こうしゃくだい)を出て七堂伽藍の建ち並ぶ内苑へ向かいます。前方に見える門は“百間廊下(ひゃっけんろうか)”の途中にある“金鶏門(きんけいもん)”。

 

 百間廊下は東西の建物をつなぐ長い渡り廊下のことで、鶴見總持寺では外苑と内苑を分ける役割もしています。移転前の總持寺が火災で焼失したので鶴見ではそれぞれの建物を離して建てることになり、必然的に渡り廊下も長大になったそうです。

 

 “金鶏門”の中から百間廊下を見ています。この百間廊下は長さが164mもあるので、廊下の途中に、それぞれ朝をあらわす“金鶏門(きんけいもん)”[東]、昼をあらわす“中雀門(ちゅうじゃくもん)”[中央]、夜をあらわす“玉兎門(ぎょくともん)”[西]と呼ばれる通用門が設けられています。

 

 百間廊下は毎日雲水さんたちの手によって洒掃行(しゃそうぎょう=廊下の雑巾がけ)が行われているので、写真で見る以上にツルツル、ピカピカです。

 

 内苑に入ると道が碁盤目になっているので、右側から順に回ります。

 

 内苑最初の建物は

 

 堂々たる構えの“待鳳館(たいほうかん)”。こちらは鶴見總持寺の迎賓館で、東京の千駄ヶ谷にあった尾張徳川家の旧書院を移築したものだそうです。

 

 唐破風造りの正面玄関、とても風格がありますね。

 

 その隣の“紫雲臺(しうんたい)”もとても大きな建物で、

 

 ここは禅師さまが全国から来られる僧侶や檀信徒の皆さんと親しく接見するときに使われる表方丈(おもてほうじょう)で、この裏手には500坪もの大庭園や茶室などもあるそうです。

 

 待鳳館も紫雲臺も内部を見学するには上記の点心拝観を申し込まなければならないので、今日のところは外から拝見するだけですが、次の機会には中の書院や庭園をぜひとも見たいな~と思います。

 

 伽藍(がらん)の中でもひときわ大きな建物が

 

 こちらの“大祖堂(だいそどう)”。

 

 手水舎(てみずしゃ)で御手水をとり

 

 堂前にすすみ出ます。

 

 大祖堂は一般的にいわれる開山堂と法堂を兼ねたお堂で、

 

 内部は内陣(ないじん)と外陣(げじん)をあわせて千畳敷(せんじょうじき)の広さを誇り、地下にも982坪もの客殿があるそうです。

 

 内陣の奥には太祖・瑩山(けいざん)禅師、高祖・道元禅師(どうげんぜんじ)をはじめ歴代の諸禅師さまが祀られており、日々その方々が生きておられたときと同じようにお仕え申し上げるのだそうです。

 

 鶴見總持寺が能登から移転してきたのは1908(明治41)年で、七堂伽藍の他の建物が次々と整備されてゆく中でこの大祖堂の建立だけが諸事情により遅れ、ようやく完成したのは二祖・峨山(がさん)禅師の600回大遠忌(だいおんき)が行われた1965(昭和40)年になってからだったそうです。

 

 大祖堂と隣の“佛殿(ぶつでん)”の間の小道に入ると

 

 その先に“北部金鶏門(ほくぶきんけいもん)”があります。

 

 歩きながら見上げる大祖堂もとても美しい乙女のトキメキ

 

 北部金鶏門をくぐると奥には固く門を閉ざした“御霊殿(ごれいでん)”があり、ここには後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の御尊像が祀られているそうです。後醍醐天皇と總持寺にどんなつながりがはてなマークと思い調べると、あるとき後醍醐天皇が瑩山(けいざん)禅師宛てに信仰上の疑問を10ヶ条認(したた)めた手紙を送ったところ、禅師はそのすべてに対して真摯なお答えを返信なさったそうです。

 

 感じ入った後醍醐天皇は「曹洞出世の道場」の綸旨(りんじ)を下賜なさり、それにより總持寺は官寺に昇格、勅定(ちょくじょう)により曹洞宗が教団として内外に広く知れ渡ることになったそうです。

 

 そうすると後醍醐天皇は曹洞宗にとっては大恩人でもあるわけで、大本山の中にお祀りされるのもうなづけます。

 

 つづいてこちらの美しい建物が七堂伽藍の中心となる“佛殿(ぶつでん)”で、別名を“大雄宝殿(だいゆうほうでん)”といい、御本尊の釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)が祀られています。

 

 繊細な総欅(そうけやき)造りの佛殿は中に入ることはできませんが、一部ガラスをはずしてあるところから中を見ることができました。

 

 須弥壇(しゅみだん)中央には御本尊の釈迦牟尼如来坐像、脇侍(わきじ)は向かって右に迦葉尊者(かしょうそんじゃ)、左に阿難尊者(あなんそんじゃ)が祀られています。床は中国ふうの石畳、天井からは豪華な天蓋(てんがい)と幢幡(どうばん)が輝きを添え、荘厳な美しさに包まれています。

 

 桟唐戸(さんからど)にはめ込まれた菱格子(ひしごうし)や柱間を埋める板一枚に至るまで、あまりにも美しい装飾に見惚れてしまいます。

 

 一枚の板に彫り込んでありますよね~。すばらしいビックリマーク

 

 どの角度から見ても美しく整った外観にほれぼれします。

 

 こちらは“北部玉兎門(ほくぶぎょくともん)”。

 

 その前を通り過ぎると伽藍西側の大きな堂宇の前に出ます。

 

 こちらは“放光堂(ほうこうどう)”といい、もとは安政年間に山形県鶴岡市の総隠寺(そうおんじ)の本堂として建立されますが、鶴見總持寺の移転にともない特別に献納されたもので、1911(明治11)年11月5日、移転後初の法要が行われた記念すべき建物だそうです。

 

 移転当時は大祖堂として七堂伽藍の中心的存在でしたが、役目を引いた現在は檀信徒の永代供養の御位牌堂として使われているそうです。派手な意匠ではないのですが、この規則的な配置が何ともいえず美しく、

 

 正面入口上の彫刻群は特に見応えがあります。

 

 放光堂からその先の建物へとつづく回廊の途中に

 

 ひときわ高い“鐘鼓楼(しょうくろう)”があります。鶴見總持寺のホームページによると禅宗寺院での日常生活の合図はすべて言葉ではなく、梵鐘(ぼんしょう)や太鼓などの音によって周知されるのだそうです。

 

 内苑側から見た百間廊下と玉兎門(ぎょくともん)。

 

 同じく百間廊下と中央の中雀門(ちゅうじゃくもん)。向唐門(むかいからもん)と中雀門、

 

 そして佛殿は一直線に配置されています。

 

 玉兎門から外苑に出ると、

 

 すぐ右手にあるのが“大僧堂(だいそうどう)”。朝の坐禅から夜の就寝にいたるまで、禅寺での生活はこの大僧堂を中心に行われるそうです。禅宗ではとくに行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、つまり歩く・止まる・座る・寝るという最も基本的な四つの動作のすべてを修行と見做すので、日常生活の中での立ち居振る舞いひとつにも規律と作法が求められることになります。

 

 大僧堂の隣に“宝蔵館 嫡々庵(てきてきあん)”と命名された宝物館がありました。開山の瑩山(けいざん)禅師650回大遠忌(だいおんき)記念事業の一環として、1974(昭和49)年に開館したそうです。

 

 有料(おとな300円)ですが、鶴見總持寺所蔵の文化財の数々が展示され、

 

 しかも写真撮影も可能とのこと。

 

 ひとつひとつゆっくりと拝見させていただきました。

 

 館名“嫡々庵(てきてきあん)”は、「法の相続すなわち師匠から弟子へ正しい仏の教えを伝え、途絶えることなく次の弟子たちへ伝えていくこと」を意味する“ 嫡々相承(てきてきそうじょう)”という言葉に由来し、貴重な文化財を後世に引き継いでゆくという意味が込められているそうです。

 

 さて約15万坪(ビックリマーク)にもおよぶ伽藍をぐるりと一周して、最初の三松閣(さんしょうかく)前に戻ってきたのは、

 

 三松閣の1階にある

 

 「禅カフェ 茶房おかげや」さんでランチしたいからビックリマーク。最初に三松閣の前を通ったときにちゃんとその存在を横目でとらえていたんですね(笑)。

 

 テラスに面した人気のカウンター席からは三門や境内が一望できる最高のロケーション。お食事のほか甘味やオリジナルコーヒーコーヒーなどもいただけて、ほっとひと息、疲れが吹き飛びます。

 

 ランチのあとは、ロータリーの外にある“三寶殿(さんぼうでん)”へお詣りに行きます。 

 

 石段の下にあるのは“梅壽庵(ばいじゅあん)”。御本尊は地蔵願王大菩薩(じぞうがんのうだいぼさつ)で、水子供養の相談受付も行っているそうです。

 

 梅壽庵の横には水子地蔵尊が祀られ、多くのお花が手向けられています。

 

 そしてこちらが“三寶殿(さんぼうでん)”の参道入口。

 

 幟旗(のぼりばた)に書かれた「三宝大荒神(さんぽうだいこうじん)」は鶴見總持寺の守護神です。

 

 石段を上った小高い丘の上には“大鐘楼(だいしょうろう)”があり、

 

 重さ約18.7トンもある大梵鐘は関東一の大きさを誇るそうです。

 

 大梵鐘のさらに奥まったところに

 

 ひっそりと鎮守社の“三寶殿(さんぼうでん)”がありました。仏教でいう“三宝”とは仏教徒が帰依すべき三つの要素、すなわち仏・法・僧(ぶっぽうそう)のことをいい、それらを守護してくださる神さまです。

 

 近くには東日本大震災慰霊のための“平成救世(ぐぜい)観音”と、

 

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 “祈りの鐘”もありました。

 

 救世観音は三門と三松閣を一望する丘の上に立っておられます。

 

 こちらは大梵鐘の下に鎮座するもう一つの鎮守社の“穴熊稲荷(あなぐまいなり)”。御祭神は穴熊稲荷大明神です。

 

 三門前に戻ってくると森の向こうにビルディングが見えて、そうだ、ここは横浜だったんだな~と我に返ります(笑)。

 

 今年の目標をひとつ叶えられたのは、ほんとうに有り難いことでした。

 

 鶴見總持寺の御朱印です。

 

 ところでこの日はあまりにもいいお天気だったので、横浜在住の友人に教えてもらった“横浜エアキャビン”に乗ってみることにビックリマーク

 

 おっ、来た来た。コロンとした可愛らしいキャビンですね。

 

 横浜エアキャビンはJR桜木町の駅前と運河パークを結ぶ都市型循環式ロープウェイです。

 

 汽車道やヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル、大観覧車のコスモクロックなども、空の上から見るとまたちょっと違う感じ音譜

 

 高いところ大好きのわたしは嬉しくてワクワク、キョロキョロ目

 

 そんなこんなであっという間に運河パーク駅に到着。

 

 帆船日本丸を見たり、

 

 ベイエリアの景色を楽しみながら、

 

 最後は赤レンガ倉庫の

 

 2階バルコニーに上がって

 

 街と海の両方の景色を堪能し、

 

 ソファでカフェタイムもして、

 

 幸せの鐘をひとつ鳴らして締めくくりました。

 

 

 曹洞宗の大本山が横浜にもあることは意外と知られていないのか、または鶴見總持寺は知っていても曹洞宗の大本山であることが知られていないのか、幾度かそういう場面に遭遇したことがあるのですが、横浜観光もかねて行くにはちょうどよいところです。わたしも次はぜひ点心拝観を申し込もうと今から楽しみにしていますニコニコ

 

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