どうか。。



この透析室では、よくある去り方だとしても、、

父が話していた通り、、


一生懸命、まだ息をしている父。


途絶えることなく願う家族。


ほんとに、、
家族を大切にしていたか?
は、、夜中に帰宅。。夜は居なかった平日もあり、、

だけど、家具はほぼゴルフの景品だし。。
いつも、、朝は仕事へ行く用意。
金曜日夜からは徹夜麻雀。
日曜日は、ゴルフ。。


日曜日夜だけは、お鍋好きでよく、、
鍋を振る舞ってくれました。



私の運動会は、背広で5分だけ。
校舎から私を呼んだ。


私たち娘を育てていたのは、
ほぼおばあちゃんと、、母です。


だけど、、
背広姿の父の後ろ姿をみて、
育ちました。

毎日、ダイヤが乱れないように、、
とタクシーで出勤します。

朝から、タクシーをつなげて、、
母が靴を磨きます。

いつも、オロナミンCに、、牛乳を
割ります。

気持ち悪いw

あと、整髪料はご飯にとんできます。

アイパーオールバックだから、
ネットをしてドライヤーをします。


パパは、、、

いつも、、
何時に寝ても、朝はこのように
過ごしました。

お父さんはね、なぜか話すときだけ
お父さん。

仕事が大好きで、明日の用意が
趣味です。。

ワイシャツ
ネクタイを選びます。


ワイシャツは、阪急でオーダー。
何回も付いていきました。


17番街にクルマを停めて、、
一緒に阪急へ行きます。

商品券で、地下でおさしみを
買って帰ります。

わたしに、抹茶ドリンクを
飲ませてくれます。

高校生になったら、商品券を
10枚くらいくれて、、

なんか買ってこいと言ってくれました。

いつも、、
同じ感じです。





パパ。


あなたみたいな、マイペースなつよい人。
未だに、見たことがありません。

天然ですよね。

子犬の置物さえあれば!買ってきて
イタチ退治できると言いますから。

ぽこあれ、いいやろ?
って、、言いました。

わたしね、マジボケだったから、
ちょっと、、


この透析室でさ、、
平衡感覚を無くした時に、、
ヘルメットかぶってそのまま、、

入ってきたらしいね。

〇〇せんせいが、買ってきてくれた
ヘルメット。

みんなね、寡黙で誰とも口をあまり話さないパパに、、笑えなくて、、
こらえたらしいよ。

あんなに、わたしに伝えてくれて、、
助けてあげれなかった。

ごめんなさい。

ほんとに、なんの意味すらない
、、医学知識。

いづれ、脳梗塞へ転化する小脳梗塞を
知っていたのに、、

心臓にニトロを使い、、
心筋梗塞を起こすなんて、、

病院にいながらあり得ないとゆう、、
事実を、、


行くからねと言った日の、、
最後に、、
ゼリーが食べたいと、

ゼリー出ていたのに。。

あれは、脳のせん妄で倒れた時の
サインだったのかな。。
わたしは、おかしいな?と、
感じただけになり、、

ごめんなさい。

毎日連絡して来なくなり、、

なぜ、貴方を助けて上げれなかった。のか、、

脳をみてくださいばかり、
ここで、お願いした。





遡れば、



いろんな将来を邪魔されて、わたしは
あなたを恨み、。母のことでも、、
交通事故すら示談にされて、、


そんな時期がありました。

だけど、相方くんが倒れた時に
、、わたしが大丈夫!!って、、
山奥から、我孫子まで行かなくちゃいけない時、、


大丈夫なことあるか!!
って、付いてきてくれましたね。

タクシーで、、
興奮して、、誰より。。


医者が

生涯左半身不随です。と、、
わたしに言った時に、、


一緒にいてくれなかったら、、
わたしは、頭がおかしくなっていた
かもしれなかった。

大丈夫じゃなかったんだ。
と、自分に気づきました。

さらには、夜中に帰宅したのに、
朝、10時からまた来てくれたよね。


わたしが、ひとりで待合室にいたこと。
知っていたからか、、


ビジネスホテルが周りになくて、
天王寺のビジネスホテルの会員まで

なってくれて、、
一緒に泊まってくれました。


なにかあれば、ここに泊まれってさ。

そんな人、、
パパの面倒見の良さ。。

知らなかったんだ。


おまえは、きれいやぞ!
って、

有馬温泉で、、
日帰り連れていってくれて、、


そう、わたしに言ってくれたよね。

わたしは、もう糖尿病で、、
インスリンが、一日50単位入り、
どんどん、副作用で脂肪がつき、、
太っていた。

足も、まだ杖だったから。
いや、、やっと離れた時かな。

そんな惨めなわたしを。。


旅行も行けないわたしに、、
パパは、、


いつも、、
普通に接してくれました。


いつかは、相方くんと揉めた時に、
わたしは、半年実家に帰れなかった。


母が怒ったから。

でも!あなたは、わたしに
戻れとは一言も言わなかった、

わたしに、、

お前、もう夫婦機能していないから、
別れろと、、

ある日、話をしてくれました。


あなたから。


わたしは、
、、、








パパになんにもかも、
心配ばかりかけていた。


立派な人生を勲章みたいな、
あなたに喜びすら、、与えられず、、


いつも、変人なわたしを、、
支えてくれていましたね。


大して、、
頭も良くなくて、
勉強したことがないから。

ピアノも、パパは嫌いだったし、、

足は速くても、大したことがなかったし。。
見に来てくれたことはないよね、
運動会。


体育祭すら、自治会長しておきながら、
残って、応援して見てくれたことがない。


おばあちゃんだけ、真ん中座り、、
おいなりさんや、みかんをみんなに
配って、、応援してくれました。


母さえいたかどうか。。


パパとお母さんは、、
母は、表現だけは見に来てくれました。

小学校の。。
いつも、会社の制服でしたが、、
昼休みそっと。。
来ていました。

すぐいなくなるけど、。


パパ。。

あなたが、目の静養に帝国ホテルで
暮らしていた時、、
私、一度も行ってない。。

いつも、なんでも1人で生きてました。


だから、結納の時も、、

お返し用意してくれたり、、



ホテルにも、2時間前からチャペルに
座っていた人。

何も言わずに帰ってしまう。








今思えば、、

そんな、秘密主義。
マイペース。。





そんなあなたを、、
私に、、頼ってくれだしたのは、、



身体がしんどくて、
一人では、歩けなくなったりしたから。


目のくり抜く手術も、、
わたしに、叫んで話してきて、、


怖かったんだよね。


泣き言一つ言わない貴方だけど、。



貴方は、、、


つよい人でした。