まだ!いけます。
だいたい、5時から9時まで寝てましたから。
そう、コロナ病棟。
わたしは、透析を足からしていたんですが、まだ。
402号室で一人でした。
なんらかありましたが、
知らないおじいちゃんが
カーテン開けたのが1番こわかった。
ここは、天空みたいで、、
わたしには、次から透析が
待っている。
手術をして、ピアノを弾ける手首を失う。。
その覚悟ができました。
大切にできなかった人。
それは、母でした。
1番、悲しませたのは母でした。
嘘ついて、死のうとしていた。
なのに、息が苦しくなると、
慌てた。
エクモ2日前のわたしは、、
生きようとしたじゃないか?
死にたいくらい、悲しい。。
は、事実でした。
でなきゃ、あんなに放置しません。
わたしは、本気で生きてやろう
と!思いました。
医療者のみなさん、姉も、、
どんだけ、命かけて携わって
くれたのか、、
痛いくらい見た。
わたしは、申し訳ないと
思いました。
こんな自分をゆるしてね。
と、いまだに思えます。
いまだに、毎日思います。
保育者として、ピアノ弾けない。
人間として、彼氏たちに、、
いや、友達だって、、
大切にできなかったすべて。
わたしは、死ぬべきにふさわしい。
と、思います。
わかっています。
わたしかいなけれぱ、
と、いつも苦しんでました。
そう、願う自分しか見えなかった。
こんだけの悲しみや辛さを
味わい、生きてきたこと。
リタイヤしたい逃げもありました。
いつの日か。。
透析まできたけど、、
わたしは、私自身を
偽らずに出していけるように
なりました。
我慢もなく、嘘もなく、
諦めず、嫌なことも不満を
持たずに、、取り組み変えること、
そう、
たくさんのことを学びました。
今、
わたしの寿命は、いつかわからず
訪れます。
左腕手首もたまに痛いし、、
胸も痛む、背中や脇腹は吊ります。
足もたまに吊ります。
そして、、
肩こりもすごく、腰もある。
相方くんも、病気を経て、、
クタクタで親を看てます。
わたしは、たまにだけど、。
後悔だけはないように、、
生きてます。
もう二度と。。
嘘の自分は残しません。
人に嘘はキライと言いながら、
自分が嘘だらけだったこと、
1番いけない。
いい格好もできない体です。
人生は、ただみんなが元気でいられるように、笑顔でいれたら、
それで有り難いし、嬉しい。
それだけです。
スミマセンが、友達と身内のみにしか、それはわからなくなりました。
周り皆さんに、、
願うことはできます。
だけど、嫌いなタイプもいます。
ゴメンナサイ。
くだらないね、わたし。
とゆうわけで、
また、書きます。
あさになりました。