父には
失語症とマヒが残りました。
救急で、わたしが、きちんと
脳の障害だと話ができれば、
まさか、脳に見えない画像なんて
あるのは、わからなかった!
ぱぱが話をしていたのは、小さいのはあるけど、問題なかった。
見せてくれたわけでも
なかった。
でも、これだけの医学を探求できる
わたしは、父の不調を、、
本当に向き合ってあげれていなかった!
だから、ごめんね、ぱぱ、
わたし、助けてあげるからと
約束したのに。
あねが邪魔して、わたしは、
医師と話すことすら、救急すら、
話せないまま、
母に、すぐ夕方に電話で、
脳内治療を依頼してもらうように。母も
同意見だった。
でも、てんかん薬とゆう
そんな治療で、、
どんな治療が施されたか、
わからない。
マヒが残らないように、
とにかく、急いで、
脳の梗塞をとる治療を伝えさせた。
だけど、使われなかった。
使われたと聞いていたが、
あの、マヒは、いつもの父ではない。
もう!手遅れだった!
救急に、わたしが入り、
この、おばさんが見せてくれた
微小出血と日頃の症状を
誰より見てきたのは、わたしだったのに!
感染を心配したあねが
入らないでと言ってくれたのに、
これだけ、わたしを否定するなら、
理由があったんじゃないか?
わたしがいれば、こんなことさせなかった!
ぜったいに!
脳だと聞かない。
かならず、突き止めた。