『2012/03/15(木) 第一次増援隊インド到着』で第一陣を出迎えてから、先遣隊2名(ヒゲ氏&私)の行動に第一陣も行動を共に、ということが出てきました。

英語が不十分な人が来てもいいように、私立学校へ「日本人のための短期の英語専門クラスを設置してもらうようにお願い」しにR3氏も伴って行ったり、ホテルの近くのカフェやら何やらに案内したり、サタデーマーケットを見学したり....などなどです。

 

 

頭数が増えて賑やかになったのはいいのですが、ひとつ私個人にとってちょっと困ったことも起きました。

第一陣のうちの1名、三歳の男の子・ボダジャギザギグベくん(プライバシー保護のためにグロンギ語に翻訳しております)が、インドのあぶなっかしい交通事情の中、しょっちゅう一人で走り出すのです。彼のお母さんが、もう一人の第一陣メンバーの若い女の子とのおしゃべりに夢中になると、お子さんの手をしっかりつかんでおくこと及び目を離してはいけないことを失念してしまうようで、ザギグベくんが駆け出すたびにダッシュして彼をつかまえることが何回も起こり、仕方ないので炎天下に彼をおんぶして移動しなければならず......。

複数の人数から目を離せなくなったストレスと、とりわけ子供を追いかけたり抱えたりしなければならないことなど、バンガロール行きの疲れも手伝って、疲れがたまったのかもしれません。

 

3月17日(土)に、会社設立の手続きの第一回目で会計事務所に出向いた際、手続きに必要な書類の記入をしている最中に、どうにも気分が悪くなって崩れ落ちてしまったのです。

会計事務所に同行してきてくれていたR3氏とS・K氏が一緒に、まともに自力で立てなくなっている私をR3氏の車で病院まで運んでくれます。

 

どうやら急患用入り口から運び込まれたらしく、採血されたり検温されたり........

 

結果、「入院です」とあいなってしまいました。

人生初の入院がインドで、とは。

日本でも中国でも、どんなにひどい症状になっても死ぬような思いを何回しても入院したことなかったのに(独りぼっちだったので自宅でただ単に我慢してただけ、とも言うが。)、そこまでじゃない状態で入院扱いにされてしまうとわ.....。

 

しかも、入れられた病室が.........

目に入ったのは「ICU」の表記。

え?え?ICU?ちょっと待って、ICUって高額じゃん!

おい、ヒゲはどこだヒゲは!いなじゃないか!

どこ行った〜〜〜〜!(入院費用の心配で心の中で悲鳴)

 

(続きます)