攻撃型の人とバランス型の人と抑制型の人がいる。と分けることができると思う。

これは生まれ持った性質なので、どうしようもない。これぞ運命である。


それは人格のタイプであって、別に会ったら攻撃してくるとかではない。攻撃性を隠さない人、ということだ。


あくまでも文章に現れるのであって、会ってしまえば柔和な人だったりする。

バランス型の人は、攻撃性を特段表したりはしないが、別に抑制しているわけでもない普通の人。

抑制型の人は、感情や攻撃性を抑圧する傾向のある人だ。

私はこのタイプ。神聖かまってちゃんのの子もそうだろう。

これは人格のタイプであって、いいとか悪いとかはない。


 

さて機能不全家庭において虐待がある場合である。

子供は親を激しく憎む。しかし子供は自分の生存のためにも親を憎むことができない。

なのでその憎しみは無意識に抑圧される。

子供は親が好きである。よって「自分を攻撃してくる人が好き」という屈折した感情を刷り込まれることになる。

自分の生存本能としてそういう感情になるのである。

こういう人で、特に抑制型の人が、自分を大事にできない。

そしてよせばいいのに自分を攻撃してくる人についていく。ほとんど無意識に刷り込まれたプログラムだから自分でもコントロールできない。

これが虐待された人がまたおかしな家庭を築くメカニズムであろう。

自分で自分にかけたおまじないを解かなければ幸せにはなれないのだ。

もちろん人を幸せにすることもできない。

 

愛されて育った人にはこの苦しみがわからない。

攻撃型の人にはうつ病で苦しむ抑制型の人の苦しみはわからない。

人は分かり合えないものだ。

私はの子の気持ちがよくわかる。歌詞に共感する。

「男にも女にもなれなかった」とは「自分を受けいれることができなかった」ということである。

本当の自分の感情を無意識に放り投げてしまったということである。

無意識にある親への激しい憎しみを意識化することである。

それは想像を絶する苦しみを伴う。

自殺するかもしれないというところまでわたしは危なかった。

トラウマに向き合うので、アドレナリンが異常分泌されるのであろう。

時計仕掛けのオレンジの老人のような表情が続くようなものだ。

しかしそこにしか救いはない。

隠された攻撃性を取り戻し自分らしく生きるにはそれしかないのだ。