今回、中国語試験HSKの最高級を合格してしまい、今までの思い出が凝縮し、一つになったような感覚さえする。けれどもそれは新しい始まりに過ぎない。
中国語を学び始めたのは19の頃。その頃はアメリカの経済がまだよかったころの話。よく周りの人間は、なぜ中国語を学ぶのかと、聞いてきた。
日常生活上使用しない英語を学ぶことが意味のないものだと思っていた。人と同じことをすれば、人並みになるしかない。
その後のリーマンショック以来、中国人観光客をターゲットに、中国語の需要が急速に増えた。
今思えば、すべての物事にはチャンスが潜んでいたのかもしれない。
大事なのは、平等に与えられた時間の中で、いかに目の前にあるチャンスをチャンスとして、大事に向き合っていけたかにある。
未来は誰にもわからない。そういう意味では、神様は皆に平等なのかもしれない。
日本に帰国した後、心配していることがある。
このまま中国語を忘れると同時に、向こうで過ごしたことも、今までの事も、すべて無かったことになってしまうのがとても悲しい。
私の中国語が上手でなかった頃、かつて苦労して日本語をマスターした中国人先生方に教えてもらってきた。
私が中国語を話せるようになった今、できればその言葉を誰かに捧げたかった。
小さな水滴でも落ち続ければ、岩をも貫く。
日本にも明日の百より、今日の五十という言葉がある。
ほんの少しでもいいから毎日やることが成功につながる。決して歩を止めないことが大事だ。
※ちなみ今回のHSK6級はこれまでと比べ、格段に難しかった気がする。特にリスニング。



