「私は赤十字に寄付をしている。それも大金だ

なおかつ自分の事業もある。

子供にも恵まれ、幸せな家庭も築いた。

豪華な家に、高級車と運転士、家政婦は当たり前。

私はこれ以上、何を求めればいいのだろうか?」

 そんな金持ちが、ホームステイ先にいた。


シャオアイのブログ~日本の若い女が押し通る

 路上の浮浪児に目を向けることも、目の前の人をたすけることもない。

ただ、彼女の目には、自分の事業と、我が子しか見えていなかった。


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 募金で間接的に人を助けるなんて、

養育費だけを払う父親のようなもの、

そして、目に見えない動きをとる金を信じること。

 体を張って、愛情を見せることもない。

母親は子を生む際すらも、痛みに耐えるものだ。

本当の愛ならば痛みを伴う。


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 この国では、富裕層には富裕層の、

貧困層には貧困層の幸せがあると、よく耳にした。

 しかしそれは、浮浪児たちが、透明人間のように無視され、人間の尊厳も与えられていない現実を見ない為の、言い訳にも聞こえた。


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誰の命であろうと平等である事実に、その感覚は麻痺していた。



  私は、何でも持っているではないか、

材料ならば、きっとすべてそろっている。

 もし足りないものがあるとすれば

それは勇気と根性だけなのかもしれない。


 私たちは富におぼれてはいけない。

十を知り、少しでも不平等と戦わなくてはいけない。

自分たちが死んだときに何が残るのか、考えて行動しなくてはいけない。