2007月11月5日 8:19am


米国・ニューハンプシャー州にて、最愛の息子「David・龍生」を


正産期(38週)に、帝王切開にて出産。


短くも力強く生きた息子は、次の日、空へと還って行きました。


息子は、「無脳症(無頭蓋症)」でした。




息子が新たに旅立ってから、もう3年の月日が流れた。

たくさんの方の支えの中、ようやっとインターネット上にて、
私と息子の記録を綴ろうと決心できるようになった。


体験談自体は、意思決定の代表的なウェブサイト「泣いて笑って」の
運営者でもある、「おかよさん」のお力添えの元、2年も前に書きあげ、
彼女のサイト内でも公開して頂いたのだが、公の場で私自身が体験を
公表する事は、なかなか出来ずにいた。


その理由の一つは、自分自身の心の整理がなかなかつかなかった事。
「話す事は離す事」と言うように、なかなか手放す事ができなかった。
話してまう事によって、息子が「本当に過去の話」になるのが悲しかった。


そしてもう一つは、私の記録を載せる事で、逆に多くの人の心を傷つけて
しまうのではないか?と言う想いが、いつもどこかにあったからだ。


息子は致命的な障害、「無脳症(無頭蓋症)」を抱えていた。
(「無脳症」と「無頭蓋症」との違いの定義は、色々とあるようだが
 米国では、共に「Anencephaly」と表現されていた。)


無脳症(無頭蓋症)とは、頭蓋骨の成長段階で障害が応じ、頭半分と、
脳の大半が欠如してしまっている状態。
つまり、おでこから上、頭半分がまるっきりない状態である。


「脳幹」と呼ばれる部分は存在するので、お腹の中では生きていられるが、
外に出てから自分で生きていける力はなく、その殆どが出産に耐えられず
死産になってしまうか、無事生きて産まれて来ても、数時間か数日後には
亡くなってしまうと言う、致命的な先天的障害(奇形)である。


日本では、息子の様な障害を持った胎児を妊娠した場合、その殆どが
母体への肉体的・精神的リスクも考慮された上で、医者からの薦めの元
「人口死産」と言う処置になるのだと言う。


厳密に言えば、妊娠を継続する選択がない訳ではない。
でも、日本の現在の医療の現状と限界から、その「選択」が本当の
部分でなかなか存在しないのが現実だ。


それは、病院側の受け入れも然り、肉体、そして精神的な
ビフォー&アフターのケアを含む、医療体制が充実してるとは
言えないからだと思う。


私自身も、一度は医者から「掻爬(そうは)」の道を薦められた。
でも、ここ米国では、最終的な選択・決断は、両親である私達に委ねられ、
私達は希望通り、臨月まで妊娠を継続する事に決めた。


その選択は、決して正しいとか、間違っているとか、そんな次元の
問題ではなく、 どんな方法でも子供を失うのには変りがないなら、
この方法が私達夫婦に とって、一番最善であると考えたからだ。


ただ、息子の事が分かった時、ネットでありとあらゆる情報を検索した末、
日本語で書かれた「臨月まで継続した」と言う体験談には一つも出会え
なかった事に、心が痛かった。 


みんな、どんな想いで人生最大の苦渋の決断と向き合ったか。
そして、どれだけ辛くて、悔くて、悲しいなかで、大切な生命と
お別れしなくてはならなかったのか。  
その気持ちを考えると、 咽返るように泣けてきた。


だから、せめて。
3年前の私たちのように、絶望の淵で苦渋の決断を迫られている方達に、
こんな経験もあったと いう事を残しておきたいと言う気持ちがある。


でも、それは同時に、すでに選択がない状態で人口死産を決断した
経験者の方達の心を、深く傷つけてしまうかもしれない。


また、私の体験を読む事によって、多くの方が、まるで妊娠を全うする事が
「正しい」とか「理想」であるようなメッセージを受け取ってしまったら
それは私の本望ではない。


私の体験を読む事によって、決断を迫られた人達が「産まない」と言う
選択を奪われてしまったら、「産まない事は罪である」と言うような
メッセージを受け取ってしまったら、すごく悲しいのだ。


「泣いて笑って」の代表、おかよさんが仰っているように、
「家族の数だけ正解がある」「どの決断でも敬意を表したい」
私の気持ちも、100%同感である。


「産む」と言う決断も、「見送る」と言う決断も、
どちらも正解なのだ。

そして、どちらを選んでも、子を失うと言う悲しみは
決して変わる事はないし、消えないのである。


でも、その最悪の状況の中で、一番「後悔」が少ない道を選んでほしい。

どんなに覚悟をして決めた道でも、絶対何かしらの後悔を感じてしまう
ものだけど、その無念を、最小限に留めて欲しいから。


出産は、多くの支えがなくてはやっていけない。
そして、それは、「必ずうまく行く」と約束された物ではない。

でも、せめて「選択」だけは、親である私達が決めれれば・・・と
心から思う。


だから、私たちの体験が、何がご夫婦・ご家族、そして子供にとって、
一番最善な選択なのか、決断する為の参考になれば・・・と思っている。