さて、前回、前々回と二回続けて裏参りの話でした。

 

一応今回が最後。

 

マニアックな話ですので、読み飛ばしてもらっても構いません。

 

おさらいすると、僕が把握している裏参りの習俗ですが、

 

大阪の今宮戎神社。

下総国一宮の香取神宮。

千葉県銚子市の猿田(さるだ)神社。

相模国一宮の寒川神社。

横浜の橘樹(たちばな)神社。

群馬県高崎市にある咲前(さきさき)神社。

 

をあげて考えていきたいと思います。

 

一見、脈絡が無さそうですが、三つのグループというか三つのテーマがありそうです。

 

一つ目、ご祭神が同じグループ。

これは香取神宮と咲前神社で、経津主命がご祭神で共通しています。

というより、咲前神社から貫前神社へご祭神が移られた後、香取神宮から改めて勧請したという経緯があるので

同一と言っても過言ではないでしょう。

経津主命と裏参りは何やら関連がありそうです。

 

あるいは、さらに大胆に踏み込むと「剣」と関連があるのではないか。

というのも、未確認ながら、熱田神宮の摂社である高蔵神社にも裏参りの習俗があるようなのです。

興味深いですね。

 

二つ目、方位除けのグループ。

関東で有名なのは、言うまでもなく寒川神社。そして、猿田神社も古くから方位除けで有名だそうです。

寒川神社は南西向に鎮座していて、つまりは鬼門ー裏鬼門の方位と対応しているかのようです。

神門の屋根の垂木には実際に即した位置に方位を示す十二支が宛がわれ、位の高い神職さんの話では

本殿の立ち入れない場所にも同じように十二支が配されているとのこと。

寒川神社はそれだけ方位というものを重視しているのです。

 

方位即ち九星と言い換えた方がこの場合妥当ですね。

 

今年は六白金星が八方除けの年で云々というのが、神社に張り出されていますよね。

九星には「木火土金水」の五行が配され、当然陰陽の別があります。

 

つまり、寒川神社は陰陽五行に重きをおいているということです。

そしてそれは猿田神社も同様でしょう。

もしかすると、陰陽を重視する考えから派生して、本殿前から拝むのを陽、裏参りを陰と考えている、かもしれません。

 

三つ目、寄り神のグループ。

寄り神というのは、海からの漂着物を信仰したものをいいます。

熱海の来宮神社は知名度が高いので、耳にしたこともあるのでは?

 

相模湾には漂着神が多く、やや内陸になりますが、橘樹神社も実は漂着神の類縁なのです。

 

元々は京都祇園社(午頭天王)を勧請したのですが、戦乱で何度か荒廃し、社殿もろとも焼失したこともあったそうです。

江戸時代、文政年間の地誌書によれば、神社の南西を流れる帷子川の上流(今の保土ケ谷区仏向町)からご神体が流れてきたので、神社に安置した。これが「後ろ向きの天王様」であると。

 

漂着してきた神様、あるいは勧請してきた神様は、元いた場所に向くのを好むことがあります。

なので、後ろ向きの天王様の実態は、社殿は元々東向きだったが「元いた上流の西方へご神体だけ向けた」と、身も蓋もなく言えばこうなるわけです。

 

ところで、今宮戎神社は今は南向していますが、かつては西向、つまり海に面して建っていたそうです。

エビスさまを漂着神と捉えるなら、橘樹神社同様、神様が向きたい方向と社殿の向きに齟齬があったのかもしれません。

それが、裏参りに繋がった……のかもしれません。

 

と言うわけで、「剣」「方位除け」「寄り神」という観点から、裏参りを考察してみました。