おはよーございます
昨日は、明治神宮神苑でのピクニック

何ヶ月ぶりだろうか
天気もよくて
気のおけない友達達と行く




沢山の外国人
おしゃれなカップル

光が丘公園とはちょっと違う人達


本殿の裏庭小さな森などがあるのはよくある話で、その願い事が渦巻いて、裏に行くとあまり良い気持ちにならないと聞いたことがある

これも、思い込みだとは思うが
年間何百万人?千万人以上多分参拝に来る神社の裏にある神苑

何度出掛けても気持ちよくて、そこで寝そべって裸足で歩くだけでもリラックス出来る



公園ではなく、人工で作った神の森だからこそ、手付かずのところもあり、木々が気持ちよく、自由に生えたい方向に生えてる

こんな都会のまん真ん中にいる
それを忘れてしまう




公園ってね
公園法という法律があって、木と木の間の間隔とか、うっそうとあまり木を茂らせたらダメとか色々決まり事があるらしく


森のように見えても、そこは整理された空間で木の枝の伐採も、私達に危険が及ばないように切られたり、整えてある



明治神宮の森は150年かかって、雑木林になるように計画されて、当初伊藤博文から杉を沢山植樹するように言われたのを、説得して、針葉樹、照葉樹、落葉樹のバランスをうまく考えて、自分達には決して見られない、150年先の森作りをしてある


人の余計な手が入らないことによって、東京では、首都圏ではここにしかないと言われる動植物も沢山あって、私たちの目に触れることはないだろうけど、興味深い生態系があるのかもしれない



昨日は、むくどりが何羽かいて、人との距離の近さに驚く
ある程度までは許してくれるけど、こんなに近くに来るのも珍しい

カラスとムクドリしか見られなかったけど、沢山の鳥がいるんだろうなぁ


それにしても、芝生に寝転んで空を眺めて
たわいのない話をする
神様は、どんな風に見てらっしゃるのか
そんなことを考えたら、ちょっと面白かった





のんびりしながら宇宙話に花が咲く(笑)

こんな話を出来る人達が居ることの幸せを噛み締める
普段なら、不気味すぎて会社の人にも話せない

自分を自分らしく生きていくには
まず自分を愛すこと

わかってはいるけれど、知らぬ間に
動く自分もいる

人の目なんか
私が一番

そういいながら
やっぱり気にする他人の目


それに気づく度に
大変な思いで生きてたんだなと
思わず私を抱き締める

どんな感情も
情けない自分も
全部あってOK

否定せずに
全て受け入れていく

小さな心の動きに
敏感になるには
自分の事を
見ていないと
それすら気づかない

変えるのではなくて
気づく
認める

その小さな作業の繰り返し
練習みたいなもんよ


こんなこと
意味あるのかな

そう思っていたけど
しっかりと
私の中の深い部分に届いてくれてて

少しずつ
『私』が楽になる

昨日は、おいなりさん作ろうと
材料買って置いといたけど
前の晩
いきなり
「明日は、お赤飯」

え?!

お赤飯
小さい頃、嫌いだった母方のばーちゃんがよく作ってた

私それが原因で
あんまり好きじゃない

ゆえに
作ったこともない

でも、昨日集まった友達とお赤飯を食べることが、どうも大切なんだなと

お赤飯を作る

🍙にして
なんのお祝いか知らないけど
お赤飯を皆で食べる

今は、わからないけど
後でわかるのかな(笑)