昨日買い物に行ったスーパーで、幼児を連れたお母さんに声をかけられました。
少し前に、消防車を見ているときに声をかけた方で、
「消防車を見ているときに声をかけてもらって、ありがとうございました」
とお礼を言われました。
その日は日曜日でしたが、夫は仕事でいないし、子どもは外に出たがるしで、イライラしながら消防車を見ていたそうです。
そこを通りかかった私が、自転車を降りて、
「消防車、好きなんや〜」「かっこいいもんね」とか「ママがつきあってくれてよかったね〜」「いっしょに見るの、いいなあ〜 懐かしい」とか声をかけて数分いっしょにいたのがうれしかったそうです。
彼女は、
●日曜日だし、どこに行ってもワンオペなのが悲しくて、しかも「誰かと話す」なんてこともなく、孤独を感じていた
と言いました。
そうそう、子育て中って、孤独を感じているときに「誰かに声をかけてもらう」ことがうれしかった。
「私がここにいる」ことが実感できた。
さらに
●あのまま1人で消防車を見ていたら、寂しいまま家に帰ったと思うけど、声をかけてもらえたから、夫が帰ってくるまでの時間が孤独ではなかった。
●この町で子育てをしていてよかったと思いました。
とも言っていました。
やった〜‼️
そうそう、「子育て支援」って、お金をバラまいたり(それはそれでありがたいのですが)するだけでなく、
子育て中の人が、「子どもがいるからこそ感じる、つらいときもあるけどちょっと幸せな気持ちになれることもある」を感じてくれる場面をどれだけ提供できるか、ということが大きいと思います。
お金のバラまきは一瞬で終わるけれど、
日常の小さな幸せは、ずっと続くからです。
町中の人が、ちょっと配慮ができ、「子どもは可愛い」と感じる市民が増えれば、
それはもう「子育て真ん中のまち」と言えるまちだと思います。
なんかね、
ホントに「子育てしている当事者の声」「子育てをリアルに支援している人の声」を、
まずはていねいに聞いてほしいなあ。
「寄り添う」の基本は、
一方的な情報提供ではなく、
むしろ「丁寧な情報収集」。
子どもたちに寄り添うときも。
