ダブルファンタジー | DAIGOの名言から紐解く言葉の意味

ダブルファンタジー


DAIGOの読書日記
村山 由佳 文藝春秋 2009


今までたくさんの国を旅をした。


いろんな景色を見てきたけど、行ってみたいところがある。


それは、香港の九龍城。


正直、行ったことがあるのだけど、そのときはもう取り壊されてて、ほかの香港の街並みとあまり変わらなかった。


なぜ、興味を持ったのかというと、旅をはじめたとき、いろいろな人から九龍城があった香港は楽しかったと聞いていたからだ。


九龍城は国境を守るために作られたものだが、だんだんとその意味がなくなると、たくさんの難民が城に入り込み、次々と住居を建てるようになった。


気がつくと、いつの間にかマンションのようになっていたという。


巨大なスラムマンション。


その響きが妙にそそられる。


今はなき九龍城ってところも、さらにそそられるところなのかもしれない。


この小説の中にも、九龍城が描写されていた。


「旬戦後、本土の難民が続々と流れ込んで家を建て始め、最初は大砲のすえつけられている周りを避けるように立てて、その周りにさらに建物がもたれかかるように立てられて、といった具合に広がっていった。で、どんどん広がり続けるうちに、しまいにはもう、すんでいる者でない限り、迷い込んだが最後死ぬまで出てこられないくらいの迷宮になってしまった。ある意味、これ以上の要塞はないわけです」


その文章を読みながら、迷路のようなスラムマンションを想像していた。


迷路って、戻ってこられないという不安がある。


一生元の世界に戻れないかもしれないという。


でも、考えようによっては、常に新しいものに出会える可能性もあるっていうこと。


どこか知らないところに旅に行く才能があるかどうかは、このような迷路を楽しめるのか、不安になるのかにあるような気がする。


って、全然このストーリーについて書いていないので、ちょっと書こうと思う。


三十五歳の脚本家が、尊敬する男とのメールのやり取りで家を飛び出す。


尊敬する男やいろいろな男たちと触れ合うにつれて、今まで見えていなかった自分自身や家庭が見えるようになってくるという話。


人というのは、今までいる場所から少し離れてみたいと、なかなか自分自身のおかれている状況が見られないのかな。


そこは、ちょっぴり旅と似ているのかもしれない。。。