桜の木の下で
桜の木の下で
◇ プロローグ
社会人になってだいぶ慣れた頃、偶然学生時代の友人と再会した。久しぶりの再会にも関わらず、月日をあまり感じられなかった。少しの間でも親しく付き合ったことのある友人とは、たとえ長い間会っていなくても昔のように接することできるのだろうか。
喫茶店でお互いの近況を話し、話が落ち着いた頃、ふいに恋愛の話しになった。彼の恋愛話を聞きながら、うらやましいなぁ、私もそんな恋をしたいなぁと思っていると、私が話をする番になった。
私が話し始めると、今までガヤガヤしていた店内がスーッと静かになった。まるで、店内のすべての人が私の話に耳を傾けているかのように・・・
◇ 第一章
私は、昨日までスーパーで、レジの短期アルバイトをしていた。
アルバイトの期間が終わる2週間前、控室で小崎君と話をしていた。小崎君は、私より一歳年下の男性で、気が合うせいか、休憩時間になるといつも話をしていた。
アルバイトをする期間が残りわずかと言うことで、もっと彼と仲良くなりたかった。でも、どうしたらアルバイトが終わっても、友達のままでいられるんだろう。そんなきっかけをずっと探していた。
そして、ひとつの作戦を思いついた。
私がこのアルバイトに好きな人がいるとカマをかければ、それに安心して、彼は好きな人を語り、徐々に心を許して、もっと仲良くなれるのではないかと。
結果的に、作戦は失敗に終わってしまった。私の質問が終わると、彼は反撃した。「私の好きな女性は誰か?」と。私は、生まれてから、女性関係のことを人に話すことをしてこなかった。
だって、恥ずかしいもの。
◇ 第二章
その日を境に、このアルバイトで好きになる人がいたら、どんな人なんだろうということを意識し始めた。そもそも、そんなことを意識してこなかった。
「もし好きになる人がいるとしたら、どんな人なのかな」
すると、私の心の琴線に触れるような女性が一人いることに気づいた。少女のような顔立ちで、あまり目立たない女性。私は、彼女に関して、名前を除いて、ほとんど何も知らなかった。また、他の人に聞いても、彼女のことをよく知っている人はほとんどいなかった。
そんな謎に包まれた女性だった。
振り返ってみると、これまで彼女とちゃんと接したのは2回ぐらいだった。
一回目は、バイトを終えて、彼女がレジの売上げをチェックしている時。そのとき、私は彼女の手伝いをしていた。チェックし終わるとサインをするのだが、彼女の名前が「奈々子」という名前であることを発見した。彼女の名前の“奈”という字は、私の妹の名前の漢字と同じ時でだった。そんなたわいもないことを彼女に伝えると、笑顔で「ありがとう」返答してくれた。
もうひとつは、彼女と一緒にアルバイトを引き揚げることがあった。スーパーの男性用の制服は、ネクタイをつけたワイシャツの上にエプロンをつけるだけだった。着替えるのが面倒くさかった私は、いつもエプロンを取って、ワイシャツの上に、ジャンパーを羽織って帰っていた。そんな姿を見た彼女に、「かっこわるい」と優しい声で言われた。
それが、これまでの彼女との2つの思い出。
謎の女性。これが、彼女にはじめてつけたレッテルである。
そんな謎を解き明かすために、捜査に乗り出すことになった。そのためには、どうしたらいいのかな!?一番最初に思いついたのは、彼女と直接話しをすることだった。
そこで、バイトのシフト表で彼女と会える日を探した。だが不幸なことに、もう彼女と同時に入る時間も同時に帰る時間も残っていなかった。
◇ 第三章
私の捜査もここで打ち切りなのかなと半ばあきらめた気持ちでいると、幸運が私の目の前に舞い降りてきた。アルバイトを掛け持ちしている人が、私にバイトの時間を代わってくれないかと頼んできたのだ。その時間は、紛れもなく彼女と同じバイトの時間であった。
心の底から嬉しさがこみ上げてくる気分であった。だが、そんな気持ちが隠しながら、「代わってあげる」といった。他の人に、私が彼女のことを好きだということを気づかれたくなかったから。
その日から、彼女とどう接していけばいいのかを頭の中で、ずっとシミュレーションをしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『アルバイト開始の一時間前に行って、”今日の特売品が何か”をノートに書いていると、「おはようございます」といって、彼女が休憩室に入って来る。そして、彼女が今日の注意事項を書き始めると、私は意を決したように、彼女に話しかける。
「前々から、ずっと桜井さんのことが好きでたまらなかった。よかったら、僕と付き合ってくれないかな」というシミュレーション』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなシミュレーションをベッドにもぐって、何度も何度も深い闇と語り合っていた。
◇ 第四章
彼女とのバイトの当日、連日のシュミレーションで疲れが残っていたが、告白するという重大任務を抱えて家を後にした。バイト先に、1時間前に着くと、シミュレーション通り、必要事項をノートに書き始めた。
時計をチラチラ見ながら、彼女がこの部屋に入って来るのを今か今かと待っていた。だが、なかなか姿を現さなかった。
だが、時計の針がアルバイト時間の35分前を指したとき、ガチャリと戸が開いた。彼女かなと思い、満面の笑みを浮かべて顔を上げると、違う人であった。次々とアルバイトの人やパートの人が部屋に入って来るが、彼女はアルバイト時間になるまで部屋に入ってこなかった。
全員の人のいる前で告白する勇気がなかった私は、彼女と話しをすることができなかった。
だが、幸運の女神はまだ私を見捨ててはいなかった。彼女と休憩時間が重なっていたのだ。
もし、彼女と2人きりになったら、絶対にさっきのシミュレーションを実行しようと思った。そういう思いを持って、レジに向かった。
◇ 第五章
お客さんがたくさん並んでいたので、休憩に入るのがちょっと遅くなってしまった。彼女が休憩室で休んでいるかなぁ~と期待しながら、休憩室に向かった。休憩室の前に行くと、電気がついていた。
彼女がこの休憩室の中にいてくれたらいいなぁという期待を持って、ドアを開けた。すると、なんと彼女が私の前にいるではないか。謎に包まれている、例の女性が。
彼女の目の前まで歩いていくとき、いろいろな考えが頭を駆け巡った。
「どうやって、彼女に告白をしたらいいんだろう」
そんなパニックの中、彼女の目の前に座った。
◇ 第六章
彼女は、目の前にある誰かがお菓子とともに置いていった手紙を読んでいた。その紙をじっと見ている彼女に声をかけていいものかと一瞬迷ったが、思い切って声をかけてみた。
すると、彼女は穏やかな表情で、私の放った言葉を返してくれた。「お疲れ様」と。優柔不断な性格のせいか告白するより彼女のことを知りたいという衝動に駆られた。
彼女と会話していると、いろいろなことが分かった。
彼女は、大学でマーケティングを学んでいて、卒業論文は企業研究をすること、映画や喫茶店、ボーリングなどをやること、東北や関西に行きたいと思っていることなど。
人は、謎が薄れてくれば、言い換えれば、人のことを知れば知るほど、知りたいことは少なくなってくると思っていた。だが、彼女は違った。話せば話すほど、謎が深まるばかり。いつしか告白したいという本当の目的を忘れ、あっと言う間に30分が過ぎてしまった。
休憩を終え、自分の持ち場へ戻るとき、明らかに話す前と違った彼女への思いが心の中に芽生えていた。謎に包まれている彼女のことをもっともっと知りたいという思いが、、、
アルバイトの間、ずっと彼女との会話を思い続けていた。それは、終わりのない快楽のように私の心中を温めてくれた。
◇ 第七章
そんな思いに浸りながら、その日のアルバイトの時間が終わった。彼女と男のアルバイトの人と3人で、今日の働いた時間を記入しながら、彼女と会話する機会をうかがっていた。
しかし、そのような期待も、一人の男性がいることによって、私の勇気のなさによって、引き裂かれてしまった。さっきの30分の会話なんかまるでなかったかのように私と彼女の間に、すごい距離感を感じた。
彼女に少しも声をかけることができず、彼と一緒にバイト先を後にしてしまった。
◇ 第八章
彼女に告白することができなかったという後悔が、昼夜を問わず、襲ってきた。
そんな気持ちを抱えながらながら、彼女のバイトの最終日を迎えた。最後の日を迎えるまで、多くの恋愛小説を読みながら、私の今抱いている感情と本の主人公が抱いている感情を重ねていた。
ある本の中にこんなことが書かれていた。
『人は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと愛したことを思い出すヒトに分かれる。私はきっと愛したことを思い出す』と。
この一小節を読んだとき、心の中からコトリという音が聞こえた。今まで、多くの名言や哲学書、実用書にこのようなことが書かれていたが、この言葉ほど「そうなんだ」と心の底から思ったことはなかった。
その本の内容は、結婚を4ヵ月後に控えた男性が結婚前に羽を伸ばしに異国の地に行った。そこで、ひとりの女性と出会い大恋愛をする。結婚を取るか、その女性を取るか、悩んだ末に結婚を取ってしまう。日本に帰って結婚生活を送っていても、ずっと心の中には女性の姿が宿っていた。
その小説の中で、小説の著者は何度も何度も「あなたなら、その女性と婚約者のどっちを選ぶ」と投げかけられた。
私は、今まで愛されたいと思い続けてきたが、この本の主人公と重ね合わせていると、いつしか愛したいという思いに変わっていった。
◇ 最終章
彼女を愛したいという気持ちを持って、彼女に手紙を書いてみた。彼女へどのような気持ちを抱いているのかを確認したかったからだ。
「アルバイトお疲れ様!!
今日を逃すと、もう後がないので、思い切って手紙を書かせてもらいました。
先週の日曜日、短い時間だったけど、あなたと話すことができて嬉しかったよ。だって、あなたと前々から話をしたいと思っていたから。
これから、アルバイトでは会えないけど、もっともっと話がしたいです。よかったら、返事を下さい。
Mobile phone:090-****-****
e-mail:*****@****.ne.jp
~DAIGOより
手紙を読み返してみると、文章が稚拙に思えた。でも、彼女への思いがちゃんと伝わるんじゃないかとも思った。エプロンにこの手紙をしまった、私のぬくもりとともに。
いざ、私はその手紙を持って、彼女のレジに向かった。愛したいという思いを持って。
◇ プロローグ
社会人になってだいぶ慣れた頃、偶然学生時代の友人と再会した。久しぶりの再会にも関わらず、月日をあまり感じられなかった。少しの間でも親しく付き合ったことのある友人とは、たとえ長い間会っていなくても昔のように接することできるのだろうか。
喫茶店でお互いの近況を話し、話が落ち着いた頃、ふいに恋愛の話しになった。彼の恋愛話を聞きながら、うらやましいなぁ、私もそんな恋をしたいなぁと思っていると、私が話をする番になった。
私が話し始めると、今までガヤガヤしていた店内がスーッと静かになった。まるで、店内のすべての人が私の話に耳を傾けているかのように・・・
◇ 第一章
私は、昨日までスーパーで、レジの短期アルバイトをしていた。
アルバイトの期間が終わる2週間前、控室で小崎君と話をしていた。小崎君は、私より一歳年下の男性で、気が合うせいか、休憩時間になるといつも話をしていた。
アルバイトをする期間が残りわずかと言うことで、もっと彼と仲良くなりたかった。でも、どうしたらアルバイトが終わっても、友達のままでいられるんだろう。そんなきっかけをずっと探していた。
そして、ひとつの作戦を思いついた。
私がこのアルバイトに好きな人がいるとカマをかければ、それに安心して、彼は好きな人を語り、徐々に心を許して、もっと仲良くなれるのではないかと。
結果的に、作戦は失敗に終わってしまった。私の質問が終わると、彼は反撃した。「私の好きな女性は誰か?」と。私は、生まれてから、女性関係のことを人に話すことをしてこなかった。
だって、恥ずかしいもの。
◇ 第二章
その日を境に、このアルバイトで好きになる人がいたら、どんな人なんだろうということを意識し始めた。そもそも、そんなことを意識してこなかった。
「もし好きになる人がいるとしたら、どんな人なのかな」
すると、私の心の琴線に触れるような女性が一人いることに気づいた。少女のような顔立ちで、あまり目立たない女性。私は、彼女に関して、名前を除いて、ほとんど何も知らなかった。また、他の人に聞いても、彼女のことをよく知っている人はほとんどいなかった。
そんな謎に包まれた女性だった。
振り返ってみると、これまで彼女とちゃんと接したのは2回ぐらいだった。
一回目は、バイトを終えて、彼女がレジの売上げをチェックしている時。そのとき、私は彼女の手伝いをしていた。チェックし終わるとサインをするのだが、彼女の名前が「奈々子」という名前であることを発見した。彼女の名前の“奈”という字は、私の妹の名前の漢字と同じ時でだった。そんなたわいもないことを彼女に伝えると、笑顔で「ありがとう」返答してくれた。
もうひとつは、彼女と一緒にアルバイトを引き揚げることがあった。スーパーの男性用の制服は、ネクタイをつけたワイシャツの上にエプロンをつけるだけだった。着替えるのが面倒くさかった私は、いつもエプロンを取って、ワイシャツの上に、ジャンパーを羽織って帰っていた。そんな姿を見た彼女に、「かっこわるい」と優しい声で言われた。
それが、これまでの彼女との2つの思い出。
謎の女性。これが、彼女にはじめてつけたレッテルである。
そんな謎を解き明かすために、捜査に乗り出すことになった。そのためには、どうしたらいいのかな!?一番最初に思いついたのは、彼女と直接話しをすることだった。
そこで、バイトのシフト表で彼女と会える日を探した。だが不幸なことに、もう彼女と同時に入る時間も同時に帰る時間も残っていなかった。
◇ 第三章
私の捜査もここで打ち切りなのかなと半ばあきらめた気持ちでいると、幸運が私の目の前に舞い降りてきた。アルバイトを掛け持ちしている人が、私にバイトの時間を代わってくれないかと頼んできたのだ。その時間は、紛れもなく彼女と同じバイトの時間であった。
心の底から嬉しさがこみ上げてくる気分であった。だが、そんな気持ちが隠しながら、「代わってあげる」といった。他の人に、私が彼女のことを好きだということを気づかれたくなかったから。
その日から、彼女とどう接していけばいいのかを頭の中で、ずっとシミュレーションをしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『アルバイト開始の一時間前に行って、”今日の特売品が何か”をノートに書いていると、「おはようございます」といって、彼女が休憩室に入って来る。そして、彼女が今日の注意事項を書き始めると、私は意を決したように、彼女に話しかける。
「前々から、ずっと桜井さんのことが好きでたまらなかった。よかったら、僕と付き合ってくれないかな」というシミュレーション』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなシミュレーションをベッドにもぐって、何度も何度も深い闇と語り合っていた。
◇ 第四章
彼女とのバイトの当日、連日のシュミレーションで疲れが残っていたが、告白するという重大任務を抱えて家を後にした。バイト先に、1時間前に着くと、シミュレーション通り、必要事項をノートに書き始めた。
時計をチラチラ見ながら、彼女がこの部屋に入って来るのを今か今かと待っていた。だが、なかなか姿を現さなかった。
だが、時計の針がアルバイト時間の35分前を指したとき、ガチャリと戸が開いた。彼女かなと思い、満面の笑みを浮かべて顔を上げると、違う人であった。次々とアルバイトの人やパートの人が部屋に入って来るが、彼女はアルバイト時間になるまで部屋に入ってこなかった。
全員の人のいる前で告白する勇気がなかった私は、彼女と話しをすることができなかった。
だが、幸運の女神はまだ私を見捨ててはいなかった。彼女と休憩時間が重なっていたのだ。
もし、彼女と2人きりになったら、絶対にさっきのシミュレーションを実行しようと思った。そういう思いを持って、レジに向かった。
◇ 第五章
お客さんがたくさん並んでいたので、休憩に入るのがちょっと遅くなってしまった。彼女が休憩室で休んでいるかなぁ~と期待しながら、休憩室に向かった。休憩室の前に行くと、電気がついていた。
彼女がこの休憩室の中にいてくれたらいいなぁという期待を持って、ドアを開けた。すると、なんと彼女が私の前にいるではないか。謎に包まれている、例の女性が。
彼女の目の前まで歩いていくとき、いろいろな考えが頭を駆け巡った。
「どうやって、彼女に告白をしたらいいんだろう」
そんなパニックの中、彼女の目の前に座った。
◇ 第六章
彼女は、目の前にある誰かがお菓子とともに置いていった手紙を読んでいた。その紙をじっと見ている彼女に声をかけていいものかと一瞬迷ったが、思い切って声をかけてみた。
すると、彼女は穏やかな表情で、私の放った言葉を返してくれた。「お疲れ様」と。優柔不断な性格のせいか告白するより彼女のことを知りたいという衝動に駆られた。
彼女と会話していると、いろいろなことが分かった。
彼女は、大学でマーケティングを学んでいて、卒業論文は企業研究をすること、映画や喫茶店、ボーリングなどをやること、東北や関西に行きたいと思っていることなど。
人は、謎が薄れてくれば、言い換えれば、人のことを知れば知るほど、知りたいことは少なくなってくると思っていた。だが、彼女は違った。話せば話すほど、謎が深まるばかり。いつしか告白したいという本当の目的を忘れ、あっと言う間に30分が過ぎてしまった。
休憩を終え、自分の持ち場へ戻るとき、明らかに話す前と違った彼女への思いが心の中に芽生えていた。謎に包まれている彼女のことをもっともっと知りたいという思いが、、、
アルバイトの間、ずっと彼女との会話を思い続けていた。それは、終わりのない快楽のように私の心中を温めてくれた。
◇ 第七章
そんな思いに浸りながら、その日のアルバイトの時間が終わった。彼女と男のアルバイトの人と3人で、今日の働いた時間を記入しながら、彼女と会話する機会をうかがっていた。
しかし、そのような期待も、一人の男性がいることによって、私の勇気のなさによって、引き裂かれてしまった。さっきの30分の会話なんかまるでなかったかのように私と彼女の間に、すごい距離感を感じた。
彼女に少しも声をかけることができず、彼と一緒にバイト先を後にしてしまった。
◇ 第八章
彼女に告白することができなかったという後悔が、昼夜を問わず、襲ってきた。
そんな気持ちを抱えながらながら、彼女のバイトの最終日を迎えた。最後の日を迎えるまで、多くの恋愛小説を読みながら、私の今抱いている感情と本の主人公が抱いている感情を重ねていた。
ある本の中にこんなことが書かれていた。
『人は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと愛したことを思い出すヒトに分かれる。私はきっと愛したことを思い出す』と。
この一小節を読んだとき、心の中からコトリという音が聞こえた。今まで、多くの名言や哲学書、実用書にこのようなことが書かれていたが、この言葉ほど「そうなんだ」と心の底から思ったことはなかった。
その本の内容は、結婚を4ヵ月後に控えた男性が結婚前に羽を伸ばしに異国の地に行った。そこで、ひとりの女性と出会い大恋愛をする。結婚を取るか、その女性を取るか、悩んだ末に結婚を取ってしまう。日本に帰って結婚生活を送っていても、ずっと心の中には女性の姿が宿っていた。
その小説の中で、小説の著者は何度も何度も「あなたなら、その女性と婚約者のどっちを選ぶ」と投げかけられた。
私は、今まで愛されたいと思い続けてきたが、この本の主人公と重ね合わせていると、いつしか愛したいという思いに変わっていった。
◇ 最終章
彼女を愛したいという気持ちを持って、彼女に手紙を書いてみた。彼女へどのような気持ちを抱いているのかを確認したかったからだ。
「アルバイトお疲れ様!!
今日を逃すと、もう後がないので、思い切って手紙を書かせてもらいました。
先週の日曜日、短い時間だったけど、あなたと話すことができて嬉しかったよ。だって、あなたと前々から話をしたいと思っていたから。
これから、アルバイトでは会えないけど、もっともっと話がしたいです。よかったら、返事を下さい。
Mobile phone:090-****-****
e-mail:*****@****.ne.jp
~DAIGOより
手紙を読み返してみると、文章が稚拙に思えた。でも、彼女への思いがちゃんと伝わるんじゃないかとも思った。エプロンにこの手紙をしまった、私のぬくもりとともに。
いざ、私はその手紙を持って、彼女のレジに向かった。愛したいという思いを持って。
