吉田拓郎、圧巻の名盤“今はまだ人生を語らず”がついに完全復活する。
自粛され、封印されていた「ペニーレインでバーボン」がようやく再び世に流れる時が来たのだ。
だいぶ前に吉田拓郎本人がラジオにて「折り合いがついた。僕がこっちにいる間に復活させたい」との趣旨のことを言っていたが、思っていたよりも早かった。
完全生産限定盤も出るとのこと。
・見開きの紙ジャケット
・秘蔵アザーショット付きの歌詞ブック
・高音質盤
気になるのが見開きの紙ジャケット。
レコード盤だと見開きではなかった。見開きにはどんな写真が写っているのか?もしくは何が書かれているのか?気になって仕方がない。これは完全生産限定盤を買うかな。(歌詞カードからの転載だけはないことを信じる…)
以前ネットの記事で見たのだが、一説によるとこのアルバムは本来なら2枚組で見開きのアルバムになる予定だったという。ならそれを再現するのだろうか?
このアルバムの音楽的な話も少し。
このアルバムはあまりに扱いがひどい。それは発売自粛になり、それ以降は日の目を浴びることが
できなくなってしまったという背景もあるが、日本の名盤ランキング、リスト等を見てみてもこのアルバムの名前なんて一度も見かけたことがない。なんなら吉田拓郎という名前も見たことがない。
みかけるのはシティポップの流れのアルバム、もしくはロックのアルバムばかり。
こういうランキングやリストっていうのは批評家たちの考えが大いに影響しているのだろう。そして、それを見た若き音楽好きたちがそれらを聴く。そしてその若き音楽好きたちがまたそれを下の世代に伝える。
このような流れから、この名盤はすっかり置き去りにされてしまっている感じがする。
もったいない。このアルバムが吉田拓郎の最高傑作であることはもはやファンの誰も異論がない。吉田拓郎という日本の音楽に多大な影響と貢献をもたらした素晴らしいミュージシャンの最高傑作を聴かずにいるというのはもったいないなと思う。
「フォーク」という言葉で吉田拓郎、このアルバムを包み込んでいるというのもこのアルバムが置き去りにされてしまう一つの原因ではないかと思う。
フォーク……、、、アコースティックギター主体、メロディーラインは地味で退屈な印象があるのだろうか?
いやいや、吉田拓郎をフォークという世界に閉じ込めるというのは違うぞ。もちろんフォークでもあるが、吉田拓郎というとはポップスでありブルースでありロックであり、さらにはレゲエでもある。僕が吉田拓郎を好きな理由の一つはここにある。
「ジャンルに縛られない」
吉田拓郎はさまざまな音楽から取り入れた要素を最終的に自分のフィルターを通して表現している。そしてその根底には常に独特の「拓郎節」が流れており、「吉田拓郎」の音楽として確立されているのである。
何よりこのアルバムの放つオーラが凄まじい。アルバム中からエネルギーが氾濫しており、このアルバムが只者ではないことは冒頭の二曲(「ペニーレインでバーボン」「人生を語らず」)を聴けばすぐに分かる。フォークやロックとやらの言葉では縛りきれない、「吉田拓郎」という音楽がここにある。
吉田拓郎、この時28歳。何を思い何を考えていたのか?
ともかくこの名盤の完全復活はファンとしては喜ばしいことである。そして、再びこのアルバムがより多くの人に聴かれ、再評価されるきっかけになればいいと願うばかりだ。

