日々の妄言、ざれ言、たわ言、世迷言

日々の妄言、ざれ言、たわ言、世迷言

思いつくことを適当に書き込んで行きます。まことしやかに書かれておりますが、何の根拠もありません。適当に読み流してください。

芦部信喜『憲法 第5版』(岩波書店)の「日本憲法史」の最後に「日本国憲法成立の法理」というものがあります。

 

 

 

 

そもそも、日本国憲法には国民の自由意思が働いていたのか、と。

 

 

押し付けられたもの」とするなら、そこには、その意思はなかったということになります。はたしてそうだったのか?

 

 

 

そもそもその国の憲法というものは、その国の国民の自由意思に基づいて制定されるものだとします。例えばの話、仮に北朝鮮が某国との戦争に敗れ、その某国が「お前んとこの憲法は、なってないから変えろ」なんてことは言えないのだと。

 

 

それこそ内政干渉になるとされます。また、憲法というのは自主的、自律的に定められるべきものだとします。

 

 

これについて芦部は、

 

 

種々な議論はあるが、GHQ(総司令部)から強要的要素はあったとしても、憲法自律性の原則は法的には、損なわれていなかったと解するのが妥当だ

 

 

としております。

 

 

その理由として、まず国際法的な視点から説明しております。

 

 

ポッダム宣言は、連合国が行った日本に対する一方的命令ではなく、一種の休戦条約にして、その内容としては国民主権の確立、基本的人権の確立、など明治憲法の自改正の要求を含むものと解され、もし日本側の憲法改正案がポッダム宣言に合致しないと判断した場合には、それを遵守することを求める権利を持っていたのだとしております。

 

 

そもそも、明治憲法は、日本国民が制定したというものではなく、それこそ当時の為政者が、その統治をやりやすくするために作り出したものにして、天皇という君主の名で制定した欽定憲法であります。

 

 

しかし、時代は国民主権、基本的人権を尊重するという流れにあり、連合国は日本にもこれを求めたものと考えられます。

 

 

して、GHQはその原則に沿って、日本側に新しい憲法の制定を求めたわけですが、日本は、これを甘くというか、ナメくさって(!?)、自分達にとって都合のいいように解釈し、明治憲法を少しいじくれば十分で、後は運用次第でどーにでもなると考えていたようです。

 

しかし、もし、それでは連合国側は納得しなかったし、それこそ最悪の場合はソ連や中国が口出ししてきて、問題をもっと複雑なものにしかねなかった状況にあったとされます。

 

 

続いて国内法的な視点からです。

 

 

国民の自律的な決定に基づいていたのか?

 

 

まず、マッカサー草案作成にも影響を与えたとされる、民間人によって作成された国民主権、基本的人権を尊重する自主的な憲法草案があったことがあげられます。上からではなく、下から、明治憲法に代わるべくの新しい憲法を求める国民の意見があったことがあります。

 

 

さらに、政府も時の帝国議会もマッカーサー草案の基本線を積極的に支持していたとされます。

 

 

 

幣原内閣

 

 

 

この段階で「押し付けられた」という声が上がらなかったのは何故か?

 

次に、完全なる普通選挙により憲法改正案を審議するための特別議会が国民によって直接選挙され、審議の自由に対する法的拘束ない状況の下で草案が審議され可決されたこと。

 

 

つまり、この憲法でいいと、国民から選ばれた多く委員が賛成したのであります。

 

 

して、これは、あっしも知らなかったことですが、極東委員会からの指示で、憲法施行1年後2年以内に改正の要否につき検討する機会が与えられていたものの、政府は全く改正の必要なし、という態度を取ったとされます。

 

 

この辺りで、それこそ「押し付けられたから」なんて声が出てもよさそうなものですが、しかし、声があったとしても、それは大きな意見とはならなかったと考えられます。

 

 

最後に、これが重要だと思いますが、この日本国憲法が制定されて以来、憲法の基本原理が国民の間に定着してきているという社社会的事実がある、とします。

 

 

 

 

 

まあ、文句を言っているのは一部の政治家だけで、国民の多くは今の憲法に取り立てて不満は持っていないということになるでしょう。

 

 

そもそも、憲法は天皇以下、政治家や公務員が遵守すべきものであって、国民にこれを守れ、とは言っていないわけですからねえ。つまり、憲法は国家権力を制限するもの、とされます。

 

 

為政者とすれば、憲法は言うなれば政治を行うにあっての足枷、制約のようなものでしょうから、そういうものは緩やかな方がいいと考えるのでしょう。それこそ、理想的には「政府の言うこと、やることには文句を言わず、黙って従え」と。

 

 

以前、自由民主党による憲法改正案が呈示されましたが、そこにはまさに、このような改正内容が見え隠れしていたように思います。

 


いろいろとツッコミどころ満載だと言われた自民党の憲法改正案

 

 

 

例えば、

 

 

天皇が今の「象徴」から「元首」になったらどうなるのか?

 

自衛隊 ≠ 軍隊(陸海空軍) = 国防軍?

 

思想・良心の自由は、侵すな → 保障する?

 

家族は互いに助け合え (これって、憲法で規定することか?)

   

緊急事態には国民総動員法でも発令されるのか?

 

硬性憲法における硬さが、やや弱くなる?

 

 

基本的人権なんかなくしちまえ!?     

 

 

なんか、やばそうな気もしますが。