こんばんは。遅い時間帯の更新すみません…。
題名「父について…」です。結構重たい話になります。不安な方は読まない方がいいかもしれません。すみません。
私の父は、1998年の七夕の日に亡くなりました。ブログ内では何度も言っていますが…。当時私は12歳(中1)
こういうことは、書こうか…書くまいか迷いました。内容が内容だけに…。
20年が経ち、父とのお別れの辛さは、和らぎました。でも、今も心が不安定になると…「パパに会いたい。何で死んじゃっての…(涙)」って思ってしまう時があります。
そこで本題についてです…。
父は七夕の朝、私が下の階に降りると…仰向けに倒れていました。
息遣いが荒く…「はぁ~はぁ~」と額に手を乗せ、苦しそうにしていました。
その時は「パパ大丈夫かな…?」と思っていました。
母が「今救急車呼んだから、これからパパと病院に行ってくるね。お留守番お願いね」と言ってきました。
間もなくして、救急車が到着。担架に乗ることなく、自力で階段を降り、救急車に乗り込みました。
私はその姿を、2階の窓から覗きました。結果的に、私が見た父の最期の姿でした。
その時の気持ちは「1人で乗り込んだし、うん!きっと元気に帰ってくるよな」と思っていました。
しかし…それからすぐ…母から電話があり「お姉ちゃん、お兄ちゃん起こして3人ですぐに病院まで来て」と言われ、病院に向かいました。
姉はその地点で、もうすでに悟っていたのか…涙を流していました。下2人(兄・私)はあまり分かりませんでした。
私はすぐにパパは、元気になって戻って来るって思ってたので、何もわからず向かいました。
病院に到着すると、母が医師と立っていて…医師は神妙な面持ちで、母は涙をぬぐっていました。
母は重い口を開き「パパ…死んじゃった」と絞り出すような声で言われました。部屋に入ると、横たわった父が居ました。まだぬくもりもありました。
でも…「パパ」と声をかけてもピクリとも動きませんでした。昨日まで働いていたのに…。っと思いました。
人間…亡くなるのは平等です。誰もが最期を迎える…。悲しいけど、寂しいけど…。でも、明日があるなんて誰にも分からない。
だからこそ、人に対しての、感謝の気持ちを忘れずに…。私は生きたいと思います。皆さんも…命を大切に…。そして親御さんを大切に。友達・親友を大切に…。
感謝を言葉で伝えるのも、良いけど…。その気持ちを、忘れず持ち続ける事に意味があると思います。
そして私の数少ない、父との思い出ですが…w父の言葉で心に残っている言葉があります。
「○○(私の名前)パパは、○○(私)やママ、○○(姉)○○(兄)には、絶対不憫な生活させへんからな。パパ一生懸命頑張るから」って言われた時のことを覚えています。
そして私は5年生の時にも約束をしました。「パパ!私が20歳になったら、パパ一緒にお酒飲もな」と約束していました。でもそれは叶いませんでした。仏壇に向かって乾杯しました。
でも悪い事ばかりじゃありません。父が残してくれた物は沢山あります。
12年間の思い出…。親のありがたみ。家族の大切さ。命の大切さ…。私たちがどれだけ恵まれ、愛され育っているのか。父が最後に教えてくれました。12歳と言う比較的若い年齢で…それを知れるってすごく幸せ者だと思います。
【パパへ】
パパ12年間だけだったけど…パパとの思いでも少ないけど…12年間の日常生活そのものが、いい思い出です。
12年間パパの娘になれて幸せだったよ。そして12年間私のパパになってくれてありがとう。私もいつかはそちらに行きます。
その時は、いっぱい思い出話持っていくね。それまで、ゆっくりお休みなさい。また!会おうね。いつまでも大好きです。
皆さんも親御さん、大切にしたあげて下さいね。
重くなりすみませんでした。しかも長いw重ね重ねすみませんm(__)m
それではまた!











