アナフィラキシー・ショック❢❢❢ | ペイジのブログ

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僕も去年の6月17日の午後1時過ぎに、入院中のベッドでアナフィラキシー・ショックに成って死にかけました。


6月上旬から抗癌剤治療の第2クールに入っての事でした。
この時の抗癌剤が「シスプラチン」と「ジェムザール」でした。


シスプラチンは強烈な胃痛や吐き気をおこしました。
ジェムザールは毎晩38~39.5℃の熱を出しました。


毎晩の発熱が酷いので対処の為にと17日の昼にペニシリン系の抗生剤を点滴しました。
これが原因でした。


その点滴が始まり看護師さんが居なくなって2~3分で身体に異変が起きました。
顔と頭から汗が吹き出て、胸と腹が急激に氷の様に冷たくなりました。
あぁ~変だなぁー?オカシイぞぉー?と思っていたら気を失ってしまいました。


多分、その時に僕は昏睡状態だったと思います。
夢を見ました。
内容は、見慣れない住宅街を見てると視野が無くなって真っ暗になりました。
その時に死ぬってこんな感じなんだなぁ~。ハァッ!!!!!!
と、目が覚めたら呼吸が止まっていた様子で、とっても苦しかったのを覚えています。


慌ててナースコールをしました。
点滴をセットしてくれた看護師さんが戻って来ました。
僕は「点滴を止めて下さい!死にそうです!」と声を振り絞って伝えました。


看護師さんは点滴を止めて慌てるようにナースステーションへ戻られたのでしょ。
1分位で看護師さん4~5人と医師が3人、すっ飛んで来ました。


ここから蘇生へのドタバタ❢が始まりました。
直ぐに血圧測定です。
看護師さんが「40ー0」です❢❢❢ と、皆に伝えています。
一人の医師が「えっ?40ー0?! よく測れたな~」と言ってるのが薄っすらと聞こえました。
看護副師長さんは、ずっと足をバシッ!バシッ!叩いて僕の名前を連呼していました。


アッと言う間に左腕に2本、右腕に1本の点滴が始まりました。
この時に視界がグニャグニャに成って見えて、気が遠くなって行きました。
目をつむろうとすると足をバシッ!バシッ!叩かれて、目を開けて意識を繋いてる感じでした。


間もなく股間の動脈から採血をされました。
こりゃ、痛かったなぁ~(泣)
ベッド上で寝たきりで撮るレントゲンもしました。


なんとか一命を取り留めました。
迅速な救急処置をして頂いた事は、今でも感謝しています。
とても迅速で的確な処置でしたので、助かったのだと思います。


その晩は翌朝まで警報機付きの心電図計が身体に付いていました。
深夜、深い眠りに入ろうとすると警報音が鳴って起こされました。
多分、熟睡してはダメなんでしょう?!


お陰様で僕は、その翌々日には元居た一般部屋に戻る事が出来ました。


その後日、ある看護師さんから「あの時に、もし自力で目が覚めなかったら本当にヤバかったですね…」と言われました。


この後も10月まで、この抗癌剤治療は続きました。
そして、11月に手術を受けました。


本当にまさか自分が…。です!
気絶するまでの数分が生死を分けると思います。
僕は運が良かっただけ…。
死んでても、おかしくはなかったです。


皆さんも是非、投薬時には用心して下さいねっ❢❢❢


皆さん、いつも有難うございます。