去年の6/17は…。 | ペイジのブログ

ペイジのブログ

ブログの説明を入力します。

去年の6/17は死ぬところで、生き還った日でしたショック!あせる


あれから、一年が経ちました。
去年の6月は抗がん剤治療の第2ラウンドでした。
新しい組合せの抗がん剤を投与し始めたんだけど、これが凄く熱を出す薬でした。
38~39℃が4~5日続く辛い治療でした。


で、去年の6/17の午後1時過ぎに解熱の為に抗生剤の点滴が始まりました。
投与が始まってスグに頭からは汗が吹き出して、腹部は氷の様に冷たくなりました。


あれれ?
なんだか、おかしいぞっ???
て、思ってるうちに気を失いました。


夢を見ている様でしたが、夢の意識が消えて行くのを覚えています。
それで夢の意識が消えた瞬間に目がパチッと覚めました。


凄い汗と息苦しさで、スグにナースコール♪をしました。
駆けつけた看護師に点滴を止めてもらい、重篤である事を伝えました。


そしてバタバタと医師が4名に看護師が6名ほど駆けつけて来ました。
僕は記憶や意識がモウロウとして痙攣していました。
僕の眼球は見えるモノ全てがにじんでしまい、ナニが何だか判りません。
副師長さんが僕の名前を叫びながら、一生懸命に足を叩いています。


一人の看護師が血圧を測りました。
で、医師達に測定値を告げました。
「40ー0」!!


いま思えばですがその時、半分は死んでましたしょぼん


それを聞いた医師の一人が「おぉぉっ、良く計れたな」と言ってたのを覚えています。


それからの処置は凄かった!!
速攻で個室へ運ばれて、点滴3本両腕にブヂッとあせる
足の付け根の大動脈からは、ぶっとい注射器で血を抜かれて…。
鼻から酸素吸入をシュー音譜
数分間隔で血圧測定が続いていました。


夜には痙攣や悪寒、熱も治まりナンとか生き延びた日になりました。


あの時に処置に当たってくれた医師、看護師の方々には本当に感謝していますニコニコ!!


僕はこの経験から、命って呆気無くて儚いモノだなぁーと痛感しました。


看護師さんから後で言われたのですが、もしあのまま目が覚めなかったら多分ダメだったかも…と。


僕の好きな言葉に「今日と言う日は昨日亡くなった方達が生きたかった明日」ですあせる


毎朝、目が覚めれば生きてる事が当たり前だった僕に命の尊さを見に染みて教えてくれた日になりました。


昨日、大切に使っていた茶碗を母が落として粉々に割ってしまいました。
とても気に入ってたので、同じ茶碗を買い直しました。


ナニか厄を落してくれたのかな!?
と、思いたいです(笑)