☆本日は、伊達風人が遺した詩の中から『いまを生きたい』    を再掲します。尚、この詩は平成27年(2015年)5月26日

(火)の山形新聞の文化欄「やまがた名詩散歩」第31回で、山形県新庄市の詩人、近江正人氏が寄稿されたものです。

また近江様は、この詩についての個人的な評価と共に、我が子(伊達)への強い哀悼の想いを熱く語っておられます。本当に有難く思っております。

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   「いまを生きたい」   伊達風人

 

いまを生きたい

僕はただ いまを生きたい

夢の中で 自由に空を飛びまわるときのように

初冬の街で 一片の風花が舞い落ちるように

大切な人を大切だと思う

それだけの気持ちで

いまを生きたい

 

雲すらない空の下

散水車が街を潤していくように

戦車の走り回る街で

誰かが平和の歌を唄うように

死に際の人間が瞬間だけ覚醒する

あの鋭い眼差しで

いまを生きたい

 

蝋燭がその身をすり減らして ただ燃えるように

生まれたての赤ん坊が ただ泣くように

いつ命尽きようと構わない それだけの気持ちで

僕はただ いまを生きたい

 

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 (以下、日本現代詩人会員、近江正人様の紹介文)

 

 ☆残雪輝く月山を背景にすべての樹木が若葉を空に伸ばして薫風に揺れている。生きとし生けるものの生命が色鮮やかに萌ゆる季節、夭折の現代詩人、伊達風人の詩を風鈴の音のように思い起こした。「いまを生きたい」という強い願いが

切実な詩語のリズムとなって繰り返される3連の短い作品。

20代という生命の力が最も横溢する若い日々だからこそ、

逆に生きることへの思いが繊細で切迫した言葉で表現され、

抒情的な韻律となって心に響く。

 だが大切なのは、この詩はただ文字通り今を生きたいという単純な執着を歌っているのではない。各連でくりかえし「

~のように」と多様な比喩で表現しているように、初冬の空から人知れず舞い落ちる「一片の風花」や、「大切な人を大切だと思う」無心で純粋な愛を生きたいというのである。

そのことは2連めで、雲一つない乾いた夏の街を黙って潤してゆく散水車の無私の姿や、戦車が横行する暴力の街に流れる誰かの強い平和の歌として描かれ、死から一瞬覚醒した人の濁りのない赤子のようなまなざしで世界を見つめる、いちずで純真ないきかたであった。その思いは3連になってさらに強まり、「その身をすり減らして」燃え尽きるろうそくのように、いつ命が尽きても悔いの無い、生そのものをただ無心に生きるつつましい生き方とも重なっている。このことは

逆に、都会で暮らし始めた孤独な青年にとって、素朴に生きる困難さと共に打算や虚偽に満ちた社会現実に直面し、苦闘していることへの裏返しでもあったはずだ。

 この作品を含む39編の遺稿詩集「風の詩音」は、父親が息子の死を悼み、ウェブ投稿詩サイトで伊達の才能に早くから注目していたという詩人、野村喜和男氏の協力を得て編集された。若者特有の鋭い批評的な感性と自己の生を見つめる

孤独で繊細な心象を現代詩的技法を用いて聴覚的に表現した作品が多いが、いずれも一種ストイックで美しいものを求める純粋で誠実な生活感が根底を流れている。

 それは伊達が最も敬愛し影響を受けた詩人が、大正期29歳

の若さで病死したカトリックの詩人八木重吉であったことにも由来する。詩人が優れた作品を生むのに年齢は関係ないと

いうが、伊達の詩作がもっと継続されていればという思いが

痛切に行き来する。作品も人物も知る者の少ないまま、静かに風に鳴る風鈴のように、若く純粋な魂と詩音を残して逝ってしまった。

 

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 ☆近江様及び山形新聞社様には改めて感謝申し上げます。

          

  令和4年(2022年)12月4日(日) 野川秀行。

 

     

 

伊達が遺した詩集「慣性の法則」から『詩』を再掲

 

 

    「 詩 」

 

雨上がりの空に架かる虹を

憎む人がいないから

僕は詩を書く

朝には偉大な太陽に驚き

昼には青い空と白い雲を眺め

夜には煌めき輝く星と月に想いを馳せ

そして心には喜びと悲しみと

あなたへの愛しい想いだけを抱いて

 

僕は詩を書く

あなたの涙のあとに

きれいな七色の虹を届けたくて

 

 

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   『 夜 』      伊達風人

 

 

 

太陽が負けて

月が喜ぶ夜

天に輝くは無数の星

地に輝くは人の淋しさ

 

電車の叫びは闇に食われ

闇は不安を排泄する

 

だが淋しさも不安も

私を打ちのめすことはできない

なぜなら私は詩人だから

 

ただ

感情が腐っていくだけなんだ

 

夜よ 闇よ

私を食い殺してくれないか

絶えない意志を有つその手で

 

 

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