http://mainichi.jp/enta/mantan/game/news/20090702mog00m200033000c.html
(「毎日新聞」の記事)
とかいってたら
あっさり
『戦国BASARA3』の発表がありました
「2010年発売」
なるほど
「神・・・
もとい
『新キャラクターもたくさん出ます』
それはいいけど
問題は
ハード・・ゲーム機の種類なんだよねー
【3】だけに
PS3とかじゃないよね?
できればPS3は買いたくないんだよなー・・
http://mainichi.jp/enta/mantan/game/news/20090702mog00m200033000c.html
(「毎日新聞」の記事)
とかいってたら
あっさり
『戦国BASARA3』の発表がありました
「2010年発売」
なるほど
「神・・・
もとい
『新キャラクターもたくさん出ます』
それはいいけど
問題は
ハード・・ゲーム機の種類なんだよねー
【3】だけに
PS3とかじゃないよね?
できればPS3は買いたくないんだよなー・・
6月26日に
『戦国BASARA』公式サイトで
公開が
告知されていた
『スペシャルサイト』が
7月1日に
三回目の更新をした
真っ暗な画面に
『1560』の文字
1560年=長浜の戦い、桶狭間の戦い
『1573』の文字が浮かぶ
1573年=三方ヶ原の戦い、足利義昭追放
『1573』にも×がされ
『1582』の文字が浮かぶ
1582年=天目山の戦い、本能寺の変、清洲会議、
山崎の戦い、神流川の戦い、中富川の戦い
『1582』に四つ×がされ
最後に大きく
『1600』の文字が浮かぶ
1600年=関ヶ原の戦い
そして
『戦国BASARA』公式サイトの
トップページにも
『1600』の文字が!
なぜ『1600』?
それまでの数字は
どれも武将達の
力関係が変わって行く
節目となる戦があった年
でも
メインは
『1600』らしい
そこに意味は?
何を言いたいの?
もしかしたら
無双と比較する時に
よく言われる
「史実に忠実でない」
をクリアするために
今回は
年表どおりに
ストーリーが
進行するの?
それとも
メイン武将が
変わるの?
『1560』年の『桶狭間』は
織田信長が
大軍、今川義元を討ち
力を示した
でも
もし
新作が
信長をメインにするなら
彼は
『1582』年に
本能寺で死んでいるので
『1600』を
大きく映す意味がわからない
秀吉も
1598年に
死んでいるので
同上
大写しの
『1600』年は
『関ヶ原の戦い』で
徳川家康が
石田三成を倒し
天下人となる
大きなきっかけになった年
とすれば
メインは
家康??
彼は
漫画やイラストで
たいてい
狸爺的キャラで
描かれることが多い
しかし
BASARAでの家康は
結構カワイイ!!
これは
スタッフが
家康に好意を持っていたから?
あるいは
単に
世間のイメージの
逆をいったから?
いずれにしても
彼が
もっと成長した姿になって
カッコよくなったら
新しいファンの獲得は
間違いない
クールな政宗!
熱い幸村!
ナンパな慶次!
そして
かわいい系の家康!
いいんじゃない?
では
年号を
家康目線で
見てみよう
まず
『1560』年
『桶狭間』で
今川が敗れる
これは
今川に捕らえられていた
家康が
独立するきっかけとなった
『1573』年の『三方ヶ原』では
家康は武田信玄に惨敗する
この負けは
家康のその後の人生に
大きく影響した
『1582』年
『天目山の戦い』で勝頼が自害、
武田家が滅亡
このあと
家康は信長から
駿河の国を
与えられている
しかしその数ヵ月後
その信長が
『本能寺の変』で自害
さらに
秀吉に
明智光秀が倒され
家康は
時代をつかみそこねる
その後
『清洲会議』で
柴田勝家に代わり
豊臣秀吉が頭角を現し
そして
数十年間の
豊臣時代がやってくる
その間
家康は
秀吉に服従の意を表し
一方では
自国を広げ
地盤を固め
天下をとる
機会をうかがい
力を蓄えていた
そして
秀吉が死に
『1600』年
『関ヶ原の戦い』で
天下への名乗りを上げる!!
といった感じで
どうでしょう?
マージマジマジーロー♪
というわけで
今日は
マジに
縁の深い
水道橋で
修行をしてきました
二日目だったにも
関わらず
人を寄せ付けぬ
秘境に在る
道場への道筋は
決して平坦ではなく
雲霞む
山を越え
目が眩む
谷を下り
馬追い
おじさんたちの
すごい群れや
ドームを
十重二十重に囲む
某軍の
応援団の列に
目的地を見失いそうに
なること
数十回
なんとか
たどりついて
門を叩き
教えを請うことに
成功しました
武器は
武将らしく
剣か槍にしようと
思ったのですが
やはりここは
『郷に入れば郷に従え』で
杖にしておきました
免許皆伝を
受けるには
赤い龍と
青い龍と
力試しをして
彼らの力を
凌駕し
従えて
味方にしなくては
なりません
さすがに
青い龍は
強かったです
何回
挑戦しても
叶わず
挫けそうにもなりました
しかし
戦法を変え
相手の攻撃パターンを
研究し
みずからの
技の出し方を
工夫して
ようやく
高みへと
登りつめたのです
やはり
最後は
基本ですね
どの武術も同じですが
『相手の動きを見切る』
『技を正確に出す』
『しかも素早く』
『常に平常心』
これが必要だと実感しました
何百回も
杖を振ったおかげで
最後のほうには
遠く離れたものも
反応させることが
出来るようになり
面白かったです
こうして
二日間にわたる
修行をすべて終えて
帰宅の途につきました
道場を出てすぐは
自販機を見ても
ハトや信号機を見ても
杖をふりたくなっちゃいました
そうそう
杖といえば
もうすぐ
ハリーの新作が公開ですね
今月は
歌舞伎より先に
ハリーを見に行くぞ!!
*******
追記
3日から
Gロッソで
舞台のBASARAがあるようですが
この日の修行は
これとは
一切関係ありません
ねんのため
「まあ良いではないか、もっと近う寄れグヒョwwwwwww
おやめ下さいwwwあれ~~~~~~~ 」
おいおい
それは
「『江戸時代』の殿様ごっこ」
だろ~
ってか
とりあえず
流行に乗ったんですね
で
「いらっしゃいませ~♪
ご主人様」
と
お姫様姿で
しずしずと
お冷やを持ってきて
「しからば、御免!!」
と
突如
頭から水かけ
着物を脱ぐと
下は
甲冑姿!!
「下克上~~!!」
と叫んで
テーブルに乗り
隠し持った槍で
一突きなんですね
そりゃしょうがない
戦国の世ですから
「武田信玄と上杉謙信が
俳句のやりとりを
していた」
という記事です
もっとも
句といっても
苗字の
「杉」「武」を使った
だじゃれアソビで
ちゃんと
原典に
「誰かの創作」と
書いてあるので
後世の作
なのですね
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090629/acd0906290320000-n1.htm
(「産経抄」の記事)
また
記事には
『寛政の改革』を皮肉った
有名な狂歌も
紹介されています
人間
あまりに
カンペキすぎると
肩が凝って
仕方がない
すこし
欠点があったほうが
ほっとする
そんな歌を
日本語特有の
『にごり』
を
キーワードに
まとめています