前に
『平戸ジャンガラ念仏』という
踊りについて書きましたが
平戸には
『ジャガタラ娘像』というのがあります
これは
江戸時代
キリスト教が禁止されたため
外国と関わった
娘たち32名が
バタビアに
終生
追放されました
彼女達が
日本の家族などに
送った手紙が
『ジャガタラ文』として
残っており
中でも
『ジャガタラお春』と
呼ばれた娘は
流行歌に歌われたり
お酒の名前にも
なりました
バタビアは
インドネシアの首都の
植民地時代の名称で
今は
ジャカルタ
となっていますが
日本では
当時から
現地式に
『ジャガタラ』と
呼んでいました
先の
『ジャンガラ』念仏踊りの
名前は
鉦の「ジャン」と
太鼓の「グワラ」という音から
きている
というのが
通説になっているようです
でも
『ジャガタラ娘』のことを知ると
五穀豊穣を祈るとともに
彼女達の流された
『ジャガタラ』をしのぶ
意味があったのでは?
と考えるのは
私だけ?
・・・ではないようで
両者のつながりについて
触れている方のブログが
ありました
http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/17442729.html
(「今日の出来事ロジー」さんの記事)