今月も
さよなら歌舞伎座
はじまりました
今月は
金太郎くんの
初舞台なので
連日
混みそう・・
今日は
歌舞伎自体ではなく
浮世絵のこと
芳年の
『月百姿』シリーズには
何枚か
人物を大きく描いたものが
あります
「しばゐまち・・」
「月明林下美人来」
「悟道の月」
「金時山の月」
などです
ちょっと
これらは
他と違う印象を受けるのは
私だけ?
ま
それはともかく
浮世絵で
歌舞伎というと
まず役者絵ですが
芳年の『月百姿』
「しばゐまちの暁月」は
役者も
舞台も
描かれていません
それでも
これは
大いに
歌舞伎に
関係があります
これが
出版されたのは
明治19年なので
「しばゐまち・・」の絵は
明治、あるいは
江戸時代の女性を
描いているようです
タイトルの
「しばゐまち」ですが
江戸時代の江戸は
町によって
町人町
屋敷町
寺町
芝居町
などと
ハッキリ
住む人の身分や
職業の色分けが
なされていました
芝居小屋の
中でも
大きな芝居小屋は
今の
浅草や
銀座などに
ありましたが
人が多く集まる
芝居小屋は
何度も火を出してしまい
そのたびに
お上に
営業停止や
引越しを
強制させられました
そこで
小屋では
当然
「火気厳禁」になり
現在の歌舞伎座のように
終わるのが
午後九時すぎなど
もってのほか
灯りが使えないので
暗くなってからの
上演はできず
一幕めが
開くのは
早い時間だったようです
ですから
芝居に夢中な
女性は
ひいきの役者を
見るために
そそくさと
暗いうちから
芝居小屋に
出向いたのです
決して
みなさんのように
朝帰りしている
絵ではないので
お間違いなく
彼女達の
身分ですが
貧乏な
町人の
女房たちが
そんな
朝っぱらから
ダンナを置いて
芝居見物なぞ
許されるはずがなく
多くは
大名屋敷などに住む
奥方や奥女中たち
だったようです
芝居にはまった
彼女達は
役者絵の
上客だったという
記録も残っています
この絵に描かれているのは
そういった
朝
薄暗いうちから
しばゐ町に
通っている
女性なのでしょう
この絵の
空に舞う
コウモリには
気付く方も
多いでしょうが
その下の
朝もやに霞む
四角いシルエットは
おわかりですか?
これは
芝居小屋の
櫓(やぐら)
です
この櫓
小さな芝居小屋には
ありません
お上に
許可をもらった
大きな小屋だけが
揚げることを
許された
シルシだったのです
江戸東京博物館の
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
(常設展示)
中村座の模型や
歌舞伎座のHPの
コラム『櫓』
http://www.kabuki-za.co.jp/sya/vol19.html
うちの過去記事
「浅草の平成中村座」写真
http://ameblo.jp/datekabuto/entry-10149541741.html
などを見ると
その形が
よく判ると思います
また
女性の容姿ですが
着物の
胸と肘に
家紋が見えます
(おそらく「上下対の鶴菱」)
そして
青い剃り眉に
青い下唇
(笹色紅)
鉄漿
このうち
流行した時代が
比較的
知られている
「笹色紅」から
彼女は
明治の女性では
ない事がわかります
更に細かい
時代については
現在
太田美術館で
『月百姿』と
同時に展示している
『風俗三十二相』に
大きなヒントがあります
こちらのシリーズは
江戸時代~明治の
さまざまな階層の女性の
しぐさを描いたものですが
その中に
「しばゐまち・・」の女性と
良く似た一枚が
あります
それは
「おもしろさう」です
髪型
髪飾り
帯のアゲ具合
懐からこぼれる小物入れと飾り
家紋入りの着物
(こちらは「三割唐花」あたり)
青い眉
青い下唇
鉄漿
どれも
そっくり
同じ資料をもとに
描いたかと
思えるくらいです
これは
「文政年間奥女中の風俗」と
説明書きがあるので
「しばゐまち・・」も
この前後の
女性だとわかります
「笹色紅」の
流行時期とも
つじつまがあいます
しかも
「おもしろさう」は
今まさに
芝居を見物している
ご満悦の様子を
描いているので
発行された
年こそ違えども
この二枚を
続き物と見ると
面白いかも
しれません
最後に
この芝居小屋のある
場所ですが
太田美術館の
解説にあるとおり
堺町、葺屋町
(現在の日本橋)
にあった
中村座と市村座
でしょう
この二つは
このあとの
天保期に
全焼してしまい
そろって
聖天町(のちの猿若町)
(現在の浅草)に
移されました