「麻布屋敷」(後編)で触れた、

竹谷町の右側が「仙台藩屋敷」だった時の古地図を見つけた。


「江戸方角安見図」(延宝八年・1680年)

(乾・坤のうち坤)

「江戸切絵図」と違い、下屋敷にも家紋が描かれていたり、

寺社の色分けが無かったり、シンプルながらも、

地形はきちんと描かれていた。


「麻布屋敷」は、旧「竹谷町」のほぼ全面にあり、角の「オイナリさん」もあった。


つづいて、もう一つ。

「寛文図」(寛文三年・1663年)


同じく、「江戸切絵図」にあった旗本屋敷も、路地も無いので、

一帯が「仙台藩屋敷」だったと判る。


「goo古地図」 リンク

「江戸切絵図」文久元年(1861年)より、約200年前、

最初の「江戸方角安見図」より17年前の地図。


やはり屋敷の線がなく、家紋の書き込みも無い。

が、道路の描写はとても細かく、スッキリして見やすい。

よほど、頭のいい人が作ったのでは?


(例)

(1)の上に、「善福寺」からの横道の出口が書かれている。

(2)の仙台坂上の、上部のV形の二つの道の間隔が空いている。

(3)の右の道を伸ばすと、まっすぐその先の道に重なる。

などなど。


おかげで、屋敷の形がきちんと平行四辺形になって

昭和初期の竹谷町の地形と重なることが判った。