麻布十番の駅を出ると、お稲荷さんがある。
道路を渡って、商店街を進むと、右手に「善福寺」 。
「逆さ銀杏」の横の抜け道をするするッと出ると、「仙台坂」の下 。
斜め前に、江戸時代には無かった、細い道が見える。
ここから坂の上までが「仙台藩・麻布屋敷」の敷地だった。
「付近のグーグルマップ」 リンク
「gooマップ(江戸古地図)」「東都麻布絵図」(文久元年版) リンク
(「麻布屋敷」=画面右下「松平陸奥守」)
「麻布屋敷」は、四代綱村の隠居所。
明治、大正と、周りは、住宅分譲で次々と削られた。
1/3ほどの敷地に、現在は「韓国大使館」が建っている。
中には入れないが、当時の名残はあるのだろうか?
結構、緑は残っているようだが・・。
ぐるっと住宅街を歩いてみたが、屋敷の痕跡は殆どなし。
あらかたマンションである。
唯一、昭和22年には建っていた、広く古い一軒家が残っていた。
大きな木々に囲まれていて、懐かしい感じがした。
これは、近くに立っていた、昭和20年ごろの地図。
旧町名が書かれている。
画面下・・「四の橋」(変わらず)
左上のピンク・・
旧「南部美濃守」→旧「麻布盛岡町」→現「有栖川公園」
「有栖川公園」と「伊達家」 の記事右の青い四角・・
旧「麻布屋敷」→旧「麻布竹谷町」→現「韓国大使館」
この「四の橋」(相模殿橋ト云)が、「江戸百」に描かれている。
「広尾ふる川」 の橋がそれ。
第四シリーズ8枚のうちの一つ。(1856年7月出)
絵は、「曹渓寺」の木の天辺から「四の橋」方面を見ている。
なので、「麻布屋敷」は画面右から外れている。
が、屋敷の裏(竹谷町の下辺り)までは、約200mほど。
また、「南部美濃守」屋敷跡は、「盛岡町」になっている。
南部家が「陸奥盛岡藩」だったからである。
では、ここも「仙台町」に・・とはならなかったようで。
「竹谷町」になっている。
「竹谷町HP」によると「古来、ここを竹ヶ谷と呼んだ」かららしいが、
伊達家の紋にも「竹に雀」があるので、関係なくも無い。
と、こじつけておくか。
後編では、当時の「麻布屋敷」の敷地が、
現在ではどのあたりになるのか、調べてみる。


