先日、「会仙橋」 について書いたが、今日、新しい資料を見つけた。


年号は不明だが、都内の様々な地図が載っている本で

「浜御殿」のあたりが大きく描かれた地図があった。


それによると、思っていた橋ではなかったようだ。


「浜御殿」と屋敷をつなぐ、「中の御門橋」ではなく、

その橋を渡りきったところに

「仙台藩屋敷と会津藩屋敷の間にある水路に架かる橋」がある。

これに「会仙橋」と書かれていた。


納得。


現地の地図です。


上が「浜御殿」側、灰色の高速道路をはさんで、下が日テレ側。

赤い線で、今は無い橋を二つ、おおよその位置に描き込みました。


画面上の、細い赤い線が「中の御門橋(中橋)」

手前の太い赤い線が「会仙橋」

むかって橋の右側が会津藩、左側が仙台藩屋敷があった。




この路地が、二つの藩を分けていた水路のあった場所。

ここに「会仙橋」がかかっていたと思われ。

もっとも、他の地図で、この三文字は未だに見れず。