「大崎袖ヶ崎屋敷」 は、今の「清泉女子大」を含む一帯。

(アド街ック「五反田」21位「池田山・島津山」

大学門前には、仙台藩屋敷があったエリアを示した看板が立っている。

今の女子大の敷地より、一回り広かったようだ。


この場所に近いのは、江戸百の「品川御殿やま」

第二シリーズ8枚のうちの一つ。(1856年4月作)


「gooマップ(江戸古地図)」 リンク

(「大崎袖ヶ崎屋敷」・・地図の左下「松平陸奥守」)

(「品川御殿やま」・・地図の右下1「松屋」の近く「御殿山、桜ノ名所ナリ」)




「御殿やま(山)」は、「JR品川駅」から「JR大井町」よりに進んだ一帯をさす。

現在は、JR線路(山手、東海道、横須賀、新幹線)によって二分されている。

が、当時は一つの山だった。



ここから「JR五反田」方面に進むと、「島津山」と呼ばれる一帯に出る。

「袖ヶ崎屋敷」が、明治に入り「薩摩・島津邸」になったため、こう呼ばれるようになった。

今も残る、島津家の西洋建築の中は、大学に予約すれば見学可能。

庭や建物の外観だけならば、平日受付で申し込めば、見学可能。

詳しくは、大学公式HP へ。


当初、島津家は「仙台藩屋敷」をそのまま使用し、その写真が残っている。

しかし、数年で壊され、建物は現存しない。

後の金融恐慌により、二万坪強を売却したため、屋敷全体の面影はない。

「昭和に分譲を買った」というお年寄りにもお会いした。

「袖ヶ崎屋敷」の表門は、今は無く、一般の住宅の敷地内である。


古地図にも載っている「寿昌寺」は、今もある。

当時は、この門の右に路地があり、下屋敷の表門に続いていた。