最近、銅の燈籠があると、チェックするようになりました。
形とか、彫ってある文字とか見ると、意外と面白いです。
次の笠に卍が大きくついています。
ここは今は「神社」なので、あれ?っと思う方もいるかと。
その周りには、龍(または麒麟?)の頭部。
口から蕨手と呼ばれる渦巻状の飾りが出ています。
下の火袋には、またしても卍。
その下の台には小さな龍が泳いでいます。
竿には、奉納した人の名前、年月日、鋳物師の名前、奉納先の名前が彫られています。
細かい字が多いので、見過ごしがちですが、銅燈籠は意外としっかり残っているので是非。
(石灯籠は、薄くなってるのが多いです)
ここに施された飾りも個性があって面白いです。
そして、次の基礎には獅子がぐるりと彫られています。
その下の基壇は、後から作ったものもあって、当時のままかどうか判りにくいです。
この模様は、蓮の花でしょうか?
奉納者は【藤堂高敏】
(家康に縁の深い高虎から数えて、五代目の当主)
【宝永七年(1710)】
ここの社殿が1706年に完成していますが、そのお祝いにしては遅いような。
鋳物師は【椎名伊予重体(しげよし)】
十思公園、祥雲寺、喜多院の鐘などに、その名前が残っています。
(椎名氏は、江戸前期、鋳物師として代々有名)
それにしても、この広い境内に、高虎家の銅燈籠一対だけというのは。
将軍家にかかわりが深い神社であるのに・・。
いや、さすが高虎家とほめるべきなのでしょうか?
