【ストーンズ・ヒストリー Vol.5】
マーティン・スコセッシ監督によるドキュメンタリー映画『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』公開を記念してお贈りしているローリング・ストーンズ・ヒストリー。
ストーンズ・ヒストリー今日はその5回目、バンドの苦悩と60年代の終わりについてお話します。
【ストーンズ・ヒストリー Vol.5】
小学校の同級生だったミック・ジャガーとキース・リチャーズが、スライド・ギターの名手ブライアン・ジョーンズと結成したローリング・ストーンズ。1963年チャック・ベリーのカバー曲でデビュー後、瞬く間にスターダムにのし上がり、65年「サティスファクション」のヒットでワールドワイドに大ブレイクしたのは先週お伝えしました。同世代のビートルズと比べてアンダー・グラウンドなイメージの強い彼らも、ついにメイン・ストリートへと躍り出るのですが、ここでバンドに事件が起こります。1967年2月12日、キース・リチャーズが家宅捜索を受け、麻薬所持疑惑でキースとミックが逮捕されてしまいます。続いてブライアン・ジョーンズも逮捕され、バンドはボロボロ。そんな中リリースされた『サタニック・マジェスティーズ』というサイケなアルバムは、初のセルフ・プロデュース作にもかかわらず大失敗。その後シングル「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」で何とか持ち直しますが、68年のアルバム『ベガーズ・バンケット』収録曲「悪魔を憐れむ歌」や「ストリート・ファイティング・マン」が、反社会的との理由でバッシングにあってしまいます。あげくの果てドラッグ漬けだったブライアン・ジョーンズはクビになり、その直後に謎の死を遂げてしまいます。代わりにブルースブレイカーズのミック・テイラーを迎え、1969年『レット・イット・ブリード』をリリース。心機一転のアメリカ・ツアーを行いますが、ここでまた最悪の事態が訪れます。12月6日カリフォルニアのオルタモントで行われたフリー・コンサート中、会場警備に当たっていたライダー集団「ヘルス・エンジェルス」による殺人事件が勃発“オルタモントの悲劇”として、ロックの歴史に不名誉な記録を残すことになってしまいました。
今日のところはここまで、またしても問題を起こしてしまったストーンズ・ヒストリーの続きは明日この時間にお送りします。また、60歳を過ぎているとは思えないローリング・ストーンズのエネルギッシュなライブを堪能出来る映画『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』を観る上でも大切な予備知識ストーンズ・ヒストリーをきちんとチェックしておきましょう。
ON AIRで紹介した曲♪
M1「 She Was Hot
/ シー・ワズ・ホット 」
M2「 Sympathy for the Devil
/ 悪魔を憐れむ歌 」
この時代のアルバム
『Flowers / フラワーズ』(US:1967/06)
『Their Satanic Majesties Request / サタニック・マジェスティーズ』(1967/12)
『Beggars Banquet / ベガーズ・バンケット』(1968/12)
『Let It Bleed / レット・イット・ブリード』(1969/12)
『Get Yer Ya-Ya's Out! / ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!』(1970/09)