投稿する詩が間接的に死を暗示させる内容にしたところ
「哀しいけど、感動しないな」
と、言われました。
……死って感動するものか?
もともと“死”とは生が失われる……つまり無機質な物への変換じゃないだろうか
そこに感動を求めて良いのだろうか
いや、それは違う
例えば故人の葬式に行って流す涙は絶対に感動の涙ではない
惜別と悲哀の涙だろう?
私がおかしいのか?
それこそ可笑しい
逝く人間からしても死ぬ時に感動するか?
絶対に無い
感謝の涙はあっても感動はない
死とは向こうからやって来る
死ぬ手段をこっちで準備をしたってそれは同じ
人間には本能で自殺する手段を持っていないからだ
“死ぬ”と思って容易く死ねる人間などいない
分かりやすく言うと、「人間には自爆スイッチみたいなのはついていない」
あ、話がそれた
「死とは易しからざるものなり」
と言う言葉がある
死は感動させる暇など与えない
それに、感動させる詩が全ての詩ではない
死はそれほどに無機質で無感情であり、音もない物だ
感動させれば万事おkな程甘くはない。
だって、死とは一番簡単なようで一番難しい定義を持っているものだから
無理に感動させようとするから固いんですよ。くまさん。