子どものときに大事にされなかった。
子どものときに許されるという経験が出来なかった。
子どものときに歪んだ愛情をかけられていた。
子どものときに「気を使う」ことを強制的にさせられた。
そんな子どもたちは、
自分の身は自分で守るしかない
と学習する。
どれだけ頑張っても報われない
と学習する。
だから、心の奥底に
「自分は悪くない」
「自分は精一杯やっているのに」
「相手が〇〇してくれない」
という思考が出来上がる。
自己保身の気持ちが強くなる。
誰も守ってくれなかったのだから当然のことだ。
それだけ心が傷ついて、
もう頑張るだけのエネルギーがないし、
頑張っても報われないと学習している。
それが良い悪いではなく、
その信念があると
大人になったときに厄介になる。
例えば、
社会に出て努力と信念だけで頑張ってきたとする。
やがて、部下を持つようになった。
すると、今度は自分の努力と今までの信念だけではどうにもならないようなことが起こってくる。
①自分は大したことが出来る人間じゃない。(皆みたいに能力が高いわけじゃない。)
↑パワーレス(無力感)の概念
②その中で、誰よりも一生懸命出来ることは全部やっている。(時間や心のエネルギーなど、多少無理をしてでも。)
↑自己犠牲の概念(自分は搾取される者という概念)
③なのに、部下が変わらないばかりか、細かいミスも犯す。
↑自分はいつも報われないという概念
④本当にツイてない。何で自分だけ…。
↑周りはいつもうまくいっているという概念
という考えになったりする。
これは、
🔹自分は人より劣っている、だから出来なくても仕方ない
🔹自分は自分なりに頑張っている
という2つの思考から成り立っている。
かつての私もそう思っていました。
だから、ずっと不幸だった。
私はアニメやテレビに興味がないのだけれど、
「鬼滅の刃」を半強制的に見させられたことから
その世界に引き込まれていった。
確か、こんなシーンがある。
炭治郎
悔しいなぁ。
何か一つできるようになっても
またすぐ目の前に分厚い壁があるんだ。
この不甲斐ないと思う気持ち。
人間の魅力にめちゃくちゃ比例している。
煉獄さんも、「不甲斐ない」という言葉を使っている。
実は、この気持ちは
アダルトチルドレンには持ちづらいもの。
アダルトチルドレンの人は
徹底的に打ちのめされる
ことが難しい。
自尊心が低いからだ。
自分は頑張ってもこんなもん。
だから、出来なくてもしょうがない。
ここまで来たことだって、
能力のない自分には大したもんだ。
と思っている。
人は徹底的に打ちのめされる経験が出来ないと
底力も出ないし、工夫も出来ないのだ。
不甲斐ないと思えるのは、
自尊心という土台があるからなのだ。
大事に育ててもらい、
「お前なら出来るよ!!」と信じてもらい、
ちょっと失敗しても
「よくやった!えらい!」とプロセスを褒めてもらい
何が出来なくても
「お前は自慢の子どもだよ。」と抱きしめてもらえる。
あなたにそんな子ども時代があったなら
不甲斐ないと思える心が育ったのかもしれない。
だけど、実際はそうじゃなかった。
親ガチャにはずれたのだ。
誰だって、自分の親を悪く思いたくない。
そして、親のせいにしたい気持ちもある。
でも今、その思いを超えよう。
自分の人生をやり直すために。
親ガチャにはずれた。
だから、子ども時代は最悪だった。
だから、大人になった今
心の親を選びなおす。
私は、不甲斐ないと思えなかった。
だけど、
色々なメンターを見て
鬼滅の刃を見て
「今は不甲斐ない」と思えない自分がいる。
でも、
そういう心を持てる自分に成長したいと願った。
願うと、宿る。
「願う」という瞬間は、
同時に
「自分がそれを手に入れてもいい」と許可した瞬間なのです。
どれだけ自尊心が上がることでしょう。
あなたは、親ガチャにはずれた。
だから、今までは生きづらかった。
だから、自分で心の親を選び直す。
心の中は自由です。
カッコイイと思える人を
自分の手本とすればいい。
今は同じように出来なくても、
そうなりたいと願えばいい。
そうすると、止まっていたあなたの人生が動き出す。
何歳からだってやり直せる。
アダルトチルドレンだからって
自分の人生を諦めなくていいんです。
心を燃やせ。
最後は煉獄さんのこの言葉で締めくくりたいと思います。
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