先日おじいちゃんが亡くなった。
若い頃のおじいちゃんは
亭主関白を絵に描いたような人で
気に入らないことがあると
ちゃぶ台をひっくり返すような人だった笑笑
真面目で働き者で、お酒も女遊びも全くせず
定年まで自宅と職場の往復だった。
めちゃくちゃ不器用だったけど、
おじいちゃんなりに家族を大事にしてくれてた。
そんなおじいちゃんが肺炎で入院となり、
コロナ禍で面会が出来ない中
看護師さんが
「おじいちゃん、元気ですよ。」
と言ってくれるので
(実際に元気だったみたい)
退院したらまた会えると思っていた。
しかし、別れは突然やってきた。
先週の金曜日に
朝から次第に脈が弱くなり
段々と血圧が下がり
スーッと眠るように亡くなったらしい。
老衰とのこと。
おじいちゃんがあれだけ望んでいた
5ヶ月ぶりの帰宅が出来て
そこには
悲愴感や未練はなく
晴れやかで穏やかな空気が流れていた。
それは、おじいちゃんが本当に眠っていて
今にも起きてきそうなくらい
安らかな顔だったのと、
生前していたあること
があったからだと思う。
それは、
何にもないときに書いた
おじいちゃんへの手紙。
おじいちゃんは傍若無人な頑固じじぃだったから、
私も反抗期のときなんかは毎日、
「うるせぇ!クソじじぃ!
◯ね!!」
と家の中でも外でも大きな声で言い返していた。
でも、心理学を学ぶようになって
・どうしてそんな行動をとるのか?
・どうしてそんな表現しか出来ないのか?
・幼少期からどんな想いで過ごしてきたのか?
が、わかるようになってきてから、
おじいちゃんなりの優しさ
を少しずつ読み取れるようになった。
そして、実家を離れて数年して
ふと思い立ち、手紙を送ったのだった。
おじいちゃんの訃報を受け
久しぶりに実家に帰ると、
引き出しの中から
その手紙が出てきた。
ずっと大事に持っていたらしい。
そのおかげで未練も後悔も何にもなかった。
生きているうちに
「ありがとう」を
伝えられて良かった。
何かをしてあげることよりも
してくれたことへの感謝を
してあげたら、
相手にとっても自分にとっても
きっと一番良いんじゃないかなと思います。
感謝の言葉を聞くと、
「人生、たくさん苦労もあったけど
頑張ってきたのが無駄じゃなかったかなぁ。」
と思えるから。
おじいちゃんがウチのおじいちゃんで良かった。
最後に短いですが、
おじいちゃんへの手紙を読んで
今日のブログを閉めたいと思います。
おじいちゃんへ
毎日休まずに働いて
お家を守ってくれて
子どもたちに不自由がないように
育ててくれてありがとう。
寒い日に
「そんな格好するな」
って心配してくれてありがとう。
毎日毎日遅刻しないように
起こしてくれてありがとう。
食べ物に不自由しないように
お腹いっぱい食べられるように
「先に食べろ」
「もっと食べろ」って
自分の分まで分けてくれてありがとう。
何も言わないけど、
いつも心配してくれてありがとう。
えりかより
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