「タイトルも中身もいいぞい。時間めっけで読んでみらんしょ。」
(タイトルも中身も良いです。時間を見つけて読んでみて下さい)

 少し前に松江の友人から、弟さんが書かれたという一冊の本を贈呈され、最近になってじっくりと読み終わりました。タイトルは、「アジアに架ける橋ーミャンマーで活躍するNGOー」で新石正弘さん著です。認定NPO法人ブリッジ・エーシア・ジャパン(BAJ)の設立者だった新石さんの遺稿集との事です。BAJについてはこちら→http://www.baj-npo.org/index.html

 実は、この本をくれた友人とは今まで数回しか会ったことが無いのですが、同じ年に四国の歩き遍路をしたということが判明し親近感が湧き、私が海外に出てからも手紙で交流する仲が続いています。その間にも、この「BAJ」の会報を何度か頂いたことがありました。その時は、「色々な活動があるんだなあ」と思う位で、それ以上特に知ろうとすることがありませんでした。

 今回、頂いたこの遺稿集には、著者が縁を大切に生き働いて来たことが淡々と書かれており、色々考えさせられました。学生運動からベトナムの留学生支援運動(ベトナム戦争の影響による)を経てインドシナに関わるようになり、その流れでミャンマーへの声がかかり、迷った末に支援を始めたという著者の歩みは、当時の勢いある時代性を感じました。そんな中を、誠実に生きて来られたんだと思いました。著者のご冥福を祈ると共に、自分の視野と関心の狭さを感じました。

 また、ミャンマーの中でも西部のラカイン州というバングラデシュとの国境を接する僻地での活動が始まりだった・・・と記してあり、難民の問題・他宗教の住民・情報手段や移動に乏しい環境・厳しい軍事統制の中を奮闘されてきた事が想像できました。そして、この辺境の地・ラカイン州にも第2次大戦時、日本軍が行軍しました。その日本軍と戦ったインド兵を中心とする英国軍や地元の人々も、多大な被害を被ったとのこと。特にラカイン州第2のマウンドーという町では、戦後初めて入る日本の民間人だったそうで、地元住民から「次は、日本の軍隊が来るんじゃないか。50年前も、民間人が来てから日本軍が入ってきた」と言われ、説明に苦慮したという記述が印象的でした。

 丁度、明日は8月15日。職場の老人ホームに住むお年寄りの声に、耳を傾けたいと思います。

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写真は、アフガン東部の農村に捨てられたソ連軍の戦車とそれを覗き込む日本人。第2次大戦・アフガン侵攻・イラク戦争・・・とどんなに悲劇が繰り返されても戦火がやまないこと。人間っておバカさんです。