おはようございます(^^)
世の中には色んな教えや考え方があるけれども、
それらは答えではなくむしろ問題であると言える。
料理に例えるとわかりやすいけれども、目の前にある材料(問題)を使って料理(答え)を作るのであって、外側に最初から完成された料理があるわけではない。
それが仮に注文していきなり完成品として現れてきたとしても、それが美味しいかどうかを判断するという答えは自分の中にしかなく、そうゆう意味では完成された料理ですら問題となる。
つまり外側に意識を向ければ、そこには問題しか映らないように出来ているということであり、答えはどこまで行っても自分の中にしかない。
じゃあ答えとは何か?
それは一言で言うと感じるということ
思考や言葉として認識する刹那の瞬間に感じるそれが、すでに答えであり、直感とかインスピレーションとか言い方は色々あるけれども、何かを感じた時点ですでに答えは出ているのであり、その答えによって映し出されたものが現実であり問題なんですよ。
ゆえに現実から問題がなくなることはないし、現実そのものが問題であるとするならば、生きている限り問題はあり続けるということ。
問題って聞くと拒否反応を示す人がいるかも知れないけれども、逆に言えば問題があるおかげで自分が答えとして存在できているとも言えるわけで、問題と答えは常にセットであるということ。
例えばスーパーマリオというゲーム(問題)があるからマリオ(答え)は存在できるわけで、同時にマリオという答えに紐づいてマリオの世界は展開される。
マリオの世界にスライムやフリーザは絶対に出てこない(笑)
つまりマリオにとってスライムやフリーザは問題ではないということ。
逆に自分がもしドラクエの主人公であればスライムは問題になるし、
自分がもし孫悟空ならフリーザは問題になる。
つまり自分の在り方に対して問題は必要で起きていることがわかるし、必要で起きているということは問題はないという見方も出来るということ。
実際に問題と格闘している最中はそれを問題とは感じないわけで、あとで振り返ったり、先のことを考えたときにそれは問題に見えているだけなんですよ。
なぜなら自分は本当はこうで在りたいという答えを持っているからです。
ということは自分の在り方が変わらない限り問題は在り続けるわけで、自分の在り方が変われば、問題は気づいたらなくなっているんですよ。
そこに気づかないで問題のほうを何とかしようと躍起になると、現状の在り方がより濃くなるので、問題はよりハードに映ります。
つまり問題を解決した先に答えがあるのではなく、答えを求めている様子そのものが最初から答えだったというオチであり、問題と答えは実は同じものだったと気づくんですよ。
表裏一体ってやつですね。
そんな話です。
今日も真剣に最後まで読んで頂きありがとうございました!!
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