仙台で情報収集をしていると、運命的なボランティア団体を見つけたので、水曜日から活動を開始

最高気温34℃の中、深さ120cmの側溝へ

直に路面の照り返しを受けるので、頭の温度が急激に上昇
長靴や衣類はすぐ乾く程の暑さなので、熱中症に注意しながらの作業
そこへ目の前の家の住人でもある お婆さんから、お水とお菓子を差し入れを頂きました
婆『暑いのご苦労様ですねぇ涬』
皆『ありがとうございます煜』
婆『遠くから来てくれたのにねぇ、何もしてあげられなくて
病気やケガをしても、誰も助けてくれないのにねぇ焏』
俺『ボランティア保険に入ってますから淲』
婆『そだけども、旅行費だってばかにならんしょ
わざわざ こんなとこさ来て倒れたら大変だぁ湜無理すんでねぇぞ』
俺『はい!気をつけます溿』
お昼の休憩中に、お婆さんから色々と お話しを聞きましたが
せっかく歌手や有名人が来ても、小・中学生が呼ばれる度に授業が遅れて 彼等の休みが減っていくので可哀相だし
意味の解らない歌を聞いても、皆さん元気なんか出ないらしく
政治家や専門家が税金を使って東北へ何度も来るが、【被災地】の状態ばかりを気にして【被災者】の現状などを真剣に見ている様には見えないらしい
色々な国や地域からの義援金や物資も、有効に使われている様には思えないのを感じるらしく
県や市の対応や要領の悪さを指摘しており
一般企業や○○市の市長の炊き出しも ありがたいらしいのですが、結局 撤収後のゴミ拾いと後片付けは、被災者がしなければならなかったりするらしいのですが
そんな中、大阪の【タコ八(タコハチ)】さんは夜の23時までゴミを拾い、しかも他の業者が残したゴミまでも持ち帰ったらしいのです
被災した家屋も、建て替えたり修理する事は今だ許されず、壊す事も出来ないのでただ倒壊するのを待っている様な生殺しの状態らしく
仮設住宅に置けない物を自分の家に置いておくと、いつのまにか盗まれてしまうらしい
少しの沈黙の後 お婆さんは一言、『被災者は皆ワガママだ』と…。
お婆さんが戦争後の焼け野原に立っていた時は、世界も 国も 周りも 誰一人助けてくれる人が居ない状況の中
生き残る為のサバイバル、生きるか 死ぬかの毎日
泥水をすすり野草を噛みながら、何も無い状態から今を築いたのに
『あれが欲しい』『何が足りない』など、どうしたもんかなぁ!? と…。
お婆さんも壮絶な人生を過ごして来たのだとは思いますが、今は今 昔は昔でもあり 色々な考えもあるので淸
(上記は、あくまでも お婆さん個人の意見や見解である事を了承ください)
そんな中、仙台市内では市議会議員選挙が始まりましたが
拡声器を使い選挙活動をしている選挙カーへ、怒りをぶつける様に詰め寄るお爺さんを横目に、再び作業を開始しました(不謹慎だと思ったのでしょうか?)
被災地での、俺の唯一の心の支えは

ガリガリに痩せて肋骨(アバラ)が浮き出ているのに、今だに飼い主を待っているのでしょうか!?
このブログを見ている方で、被災動物の保護を専門に活動しているNPOか個人ボランティアをご存知の方は
『被災地には、まだまだ痩せ細った猫が居ます捜してみてください』
と、お伝えくださると助かります
