南三陸町庁舎のアンテナにつかまって、津波からの難を逃れた町長
壊滅した公立志津川病院の医師である菅野武先生は、4階まで水没した病院で
救出されるまでの2日間、医療行為を続け

4月21日に発表された、2011年度のタイム誌「世界で最も影響力のある100人」に、福島県南相馬市の桜井勝延市長と共に選ばれました
(被災者感情に考慮して、写真は控えます

)とにかく暑く、少し生臭く、言葉を失う程 胸が痛む風景に本気で涙しました…。
3月末に来日したイスラエル軍の医療団の使用していたプレハブ施設、医療機材を利用して志津川ベイサイドアリーナ(町総合体育館)の一角に、WFPのマークを掲げたテントがボランティアセンター

最初のミーティング時に、我々ボランティアを統括する
ボラセンに所属した数名のリーダーの一人が、ボランティアの人達の前で『こんなに来て、どーすんのよ』と口走ってしまい
ガテン系(土木?)な感じのリーダーが怒り気味で『ボランティアに来て頂いた感謝の気持ちを忘れるな
』と一喝なんだこれ…。
確かに毎日毎日大人数を振り分けながら、勘違いした『ボランティアに来てやったんだぞ』的な人への対応や、何度も同じ質問に答え、釘を足で踏み抜いての大怪我や、熱中症で倒れたりする人達を相手にしていれば『何やってんのよ煆』と思いたくなるのも、少し解る気がします淸
なので俺は絶対に迷惑はかけまいと、マナーなどをしっかりと調べ 事前に準備をし ボランティア保険に加入し体調も万全の状態で参加しました

ボランティアの内容は細かい瓦礫(ガレキ)の撤去でしたが、最初に壊れた車や家や電柱を撤去する為に大型の重機が入ったので、一見 地表は踏み固められており綺麗なのですが、土を少し掘り始めると
地面からは、生活の痕跡そのものが次々と出てくる
津波が来た時の水面のラインを見つけた時や、塩害で赤く変色した樹木を見ると鳥肌が立ちました
終了間際の大雨により ずぶ濡れになりながらも、何とか作業をこなしております
実際、テレビで見るのと現地に来るのでは大きく違い、地域の様子や被災者の考えが メディアが提供する内容と、少しズレている感じがしました(個人的意見です)
南下しながら移動しているので、昨日 石巻でしたが 明日も朝が早いので続きは、また
