◆◆◆ 八 ◆◆◆ | Data Stone

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ゼダの頭痛は治まってきたが、彼の回想はまだ続いていた。

白髪の男が黒皮のソファーに深く腰掛け、机の上の受話器を取り上げた。

「ゼダを呼べ。」

受話器を置くと目を閉じて身動き一つしなくなった。

白髪の男が居る部屋は黒い絨毯に白い壁というコントラストがはっきりした空間であった。飾り気がなく、窓は無い。入り口はドア一つだけで内側から施錠できるようになっていた。ソファーは黒い皮製で光沢は無かった。机の上には赤いバラが花瓶に挿されていた。

コンコン。

ドアをノックする音を聞いた白髪の男は目をゆっくりと開け、ソファーから立ち上がるとドアの鍵を外した。そのまま扉は開けずにソファーに戻った。

無言でドアが開くと、ゼダが静かに中に入って来た。ゼダはドアを閉めると、また無言で鍵を掛け、白髪の男の前に向かった。

白髪の男は机の引出しから一枚の紙切れをゼダに手渡した。ゼダはそれを畏まって受け取ると、紙に書かれている文字を一字一句正確に頭の中に入れ込んだ。一通り読み終えると、ゼダは紙切れを白髪の男に返した。白髪の男はそれを灰皿に放り込むと、ライターで燃やした。

すべては無言のうちに行なわれた。白髪の男が部下に仕事の依頼を行なう時のいつものプロセスだった。

オーパス・シティの最上階はすべて『ロイ家』の敷地だった。ロイ家の親族全てが暮らしており、数千人規模の小組織であった。ロイ家はバベルの塔の中でも著名な富豪の一つで、バベルの塔で運輸関係の利権をほぼ独占していた。多数の政治家も輩出していた。

ゼダはロイ家で汚れた仕事に就いていた。いつ警察に逮捕されても不思議ではない、危ない仕事を請け負っていた。誘拐、強盗、人殺し。ロイ家存続の為にゼダは働いていた。彼にはロイ家に対する忠誠心があった。中卒のゼダと大富豪のロイ家は全く関係が無い間柄であったが、彼は今ここに居て、ここで働いている。

仕事は成果報酬であったが、年に1、2件仕事をこなせば数年食べて行けるほどの大金である。今回は五ヶ月ぶりの依頼であった。あの手渡された紙には、仕事内容の入手手段と報酬額が書かれていた。基本的に依頼を拒否する選択肢は彼にはない。拒否する時は彼が死ぬ時である。

部屋を出たゼダは車でレストランに向かった。レストランに入ると予約名を告げた。ウェイトレスは予約名をコンピュータ端末で確かめると、「こちらへどうぞ。」と、ゼダを奥の席に案内した。

席には女性の姿があった。ゼダが挨拶すると、女性も明るく返事を返した。「ごゆっくり。」ウェイトレスがメニューをゼダに渡すと店の入り口に戻って行った。

「久しぶり。」

女性がにこやかに話し掛けた。

「ああ。」

ゼダはぶっきらぼうに返した。

「ふふ、相変わらず愛想がないのね。この五ヶ月間何してたの?貴方、全然連絡してくれないんだもん。私、寂しかったんだから。」

女性はゼダの顔を見つめて言った。ゼダはメニューを手に取り、女性から目を反らした。ゼダが耳につけたピアスが金色に光っている。それを目ざとく見つけた女がこう言った。

「あら、まだそのピアス付けてたの?私、それ嫌いなんだから。前も取ってってお願いしたわよね?」

「お前には関係ない。さっさと仕事の内容を説明しろ。」

「まぁまぁ、仕事の話は後にしましょうよ。まだ夜は長いのよ。今日は朝まで貴方と一緒に居ることにしたんだから。はい、部屋のキー。」

女性はホテルのカード・キーを渡した。プラスチックのカードで、暗証番号が磁気で登録してある。ゼダはキーを取り上げると、右手の掌でカードを握り潰した。折れ曲がったキーを女性に返すと、鋭い目つきで睨んだ。

「悪いが先約がある。」

そうゼダが言った時、ウェイトレスがオーダーを取りに来た。

「お決まりになりましたか?」

ウェイトレスが二人の顔を見合わせた。女性はメニューを指差すと、2品注文した。ゼダもサラダとメインを一つずつ注文した。

「お飲み物は何に致しましょう?」

「ビール、グラスで。」

ゼダが言った。「同じのを。」女性も答えた。ウェイトレスはメニューを回収すると、厨房の方へ下がっていった。

ゼダがコップの水を飲み干すと、女性に訊ねた。

「で、今は何て名乗っているんだ?アンナは止めたのか?」

「ああ、あれね。とっくの昔によ。今は『マリーン』。でも次は『リサ』って決めてるの。何故だか分かる?」

「知る必要は無い。じゃあ、マリーンでいいんだな?」

「だーめ。この仕事ではリサにして。リサ・アカード。」

「今回の仕事は長いのか?」

ウェイターが水を注ぎに来た。

「そうね。今までで一番大きい仕事ね。きっと驚くわ。」

そう言うと、リサは机の下にある大きな紙袋をゼダに見せた。

「その中にね、本がたっくさん入ってるから。まずはそれを読んで勉強して。予備知識ね。仕事の内容はそれから。予備知識が無いとチンプンカンプン。私も読んだのよ。一ヶ月以上掛かったわ。」

「何の本だ?」

「つべこべ言わず読むこと。でも私が貴方のマンションに行って、ご本を読んであげてもいいのよ。毎晩、寝る時に読んであげるわ。ふふ。」

ゼダは黙って俯いてしまった。

「貴方、文字読むの苦手だから。はい、これ。DVD。私が内容を分かり易く解説してあげたわ。本当はこういうの禁止されてるんだけど、私は貴方の味方だから。ね?」

ゼダは無言でDVDロムを受け取ると、スーツの内ポケットに仕舞った。

「お前には感謝しているよ。お前が居なかったら、俺は死んでただろうな。仕事を一つも片付けられず。
しかし俺はもう女を好きになることは無いんだ。お前とも仕事上でしか関係できない。それは分かってくれてるよな。」

リサはにっこり微笑みきっぱり否定した。

「いいえ。
私の夢は貴方と一緒に暮らすこと。貴方が人間らしい表の生活に戻って、私と幸せな暮らしをできるようにするのが私の夢。そのためにこれまで努力してきたわ。簡単には諦められないわよ。たとえ貴方の過去に何があったとしてもね。」

ゼダはまだ一品も食事が並べられていないテーブルを立ち上がって言った。

「部屋のキー、悪かったな。今日はあいつの命日なんだ。」

そう言い残すと机の下の紙袋を持ち上げて、レストランを出て行った。「知ってるわよ。」リサが小さい声で言い返した。同じタイミングでウェイターがスープとサラダを持ってやってきたが、リサもテーブルを立ち上がった。

「悪いわね。オーダーはキャンセル。これ100ドル。足りるでしょ?チップは取っておいて。」

リサもレストランから出ると、赤いスポーツ・カーでハイウェイの中に消えていった。