◆◆◆ 七 ◆◆◆ | Data Stone

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頭を割るほどの激痛でもがき苦しんでいたゼダは、また昔のことを思い出していた。

深夜、月夜の明りを頼りに、男と女は二人きりになれる場所で落ち合った。二人は会うなり強く抱きしめあい、唇と唇を重ね合った。女は男に会えた嬉しさで泣いていた。男は無言で女の頭と背中を撫でていた。

二人は湖のほとりを歩きながら話した。他愛のない会話であったが、二人はとても楽しく幸せであった。二人とも人を愛するという言葉を初めて実感していた。そして一生一緒に居たいと心の底から願っていた。それはほぼ実現しつつあった。二人は婚約したのだ。

男はゼダ、女はシェリー。24歳同士の若者たちであった。二人の出逢いは約一年前の冬であった。雪がちらつく土曜日の午後、カレンダーを買いに店に入ったシェリーは、エプロン姿の店員に好みの絵柄を熱心に伝えていた。店員のバッヂにはゼダの名前が入っていた。

「だからー、私が欲しいのはかわいい犬のカレンダーなの!昨日ここで見たから絶対あるはずよ。あのウィンドウの近くに飾ってあったのよー。」

シェリーが紙に絵柄を書いてゼダに見せるが、ゼダには全く見覚えがなかった。
「申し訳御座いません。当店ではそのようなカレンダーは取り扱っておりません。」

この店で取り扱っているカレンダーは、600ページもあるカレンダー・カタログにすべて記載されている。しかし分類項目に犬がなく、1ページ1ページ絵を見比べて探すのは面倒であった。そこをシェリーはずばり指摘した。

「ちょっと待ちなさい。調べても無いのに取り扱ってないって何よ?そこにカタログがあるじゃない。何故調べないの?」

シェリーはカタログを指差した。ゼダは仕方なくカタログを机の上に広げると、気の遠くなるような作業を開始した。シェリーもゼダと一緒に探した。

カタログの4分の1を探したが、目的のカレンダーは見つからなかった。時間はすでに午後11時をまわっており、既に閉店の時間であった。客はシェリー一人となっていた。ゼダは申し訳無さそうにシェリーに言った。

「お客様。申し訳有りませんが、もう閉店の時間で御座います。もう一度明日いらして頂けませんか?それまでには探して置きます。」

「え?もうそんな時間なの?!電車なくなっちゃうじゃない!」

そういうとシェリーは店を飛び出して駅の方に走っていった。

ゼダは店のシャッターを下ろすと、カタログを鞄に詰めてシェリーと同じ駅に向かった。ゼダは午後11時半の最終電車をいつも利用していたので、十分間に合うことは知っていた。雪はずいぶん激しく降っており、道にも数十センチ積もっていた。

ゼダが駅に着くと、シェリーが駅員に食い付いていた。

「なになにーー!!雪で電車が走らないの?帰れないじゃん!!」

ゼダは遠くから二人のやり取りを伺っていた。

「すいませーん、お客さーん。何分この雪でしょ?ほら、事故が起こっちゃうからね。悪いけど、今夜はホテルに泊まるしかないんじゃないの?それとも俺の家に泊めてやろうか?へへへ。」

「エロおやじ!死ね!ふざけんなよー!」

シェリーは足元の雪を蹴り上げた。

ゼダは雪で転ばぬように慎重な足取りでシェリーに近づいた。

「どうも。電車、出ないのですか?」

シェリーはびっくりしてゼダの方を向いた。

「あーら、店員さん。あなたも電車だったの?
電車は雪で出ないんだって。あーあ、家に帰れないよー。」

駅のロータリーには車の迎えを待つ人々や、タクシーを待つ人々が列を作っていた。ゼダとシェリーはしばらく無言でロータリーにいる人々を見つめていた。話を切り出したのはゼダの方だった。

「良かったら、僕のお店で待ちます?外でタクシーを待つのは寒いし、あの人の列だと時間がかかりそうですよ。」

シェリーはコートで身を固く包んでいたが、寒さで足元の感覚が無くなりつつあった。真っ白い息を吐きながらシェリーはゼダの申し入れを受け入れた。

「そうね。行きましょう。すっごく寒いわ、ここ。私もうダメ。」

「じゃあ、そうしましょう。」

二人はまた元のカレンダー・ショップに戻っていた。

その晩二人は店で夜を明かした。お互い打ち解け合い、時を長くせず彼氏彼女として付き合いが始まった。シェリーは、ゼダの人生で最初で最後の恋人であった。