◆◆◆ 五 ◆◆◆ | Data Stone

◆◆◆ 五 ◆◆◆

第320セグメントは【ウッド・リバー・シティ】と呼ばれていた。森と川がセグメントの大部分を埋め尽くしているからだ。このセグメントは床が塔の外側に大きく迫り出しており、塔の中で外気に触れる面積が比較的大きい階の一つであった。

真青年党を解散したジェイ・ブラックはウッド・リバー・シティに移り住んだ。ここは前バベル暦の遺物が眠る場所として有名であった。これまで様々な考古学的な発見がなされた。

ジェイはこの街で自分と世界を見つめ直し、自分の行き方についてゆっくり考えたかった。

ジェイが入居したアパートには女性の管理人がいた。名前はフェイ・スーと言った。まだ23歳と若く、アパートの管理会社から派遣された新人社員であった。目も髪も衣服も黒く神秘的な女性だとジェイは初対面のときに感じた。

彼女のウッド・リバーに関する歴史や考古学の知識はジェイを魅了した。大学でこれら方面の勉強をしたそうだ。

社会人になってからも勉強は続けているということであった。既に知識では新しく学ぶことは少なくなり、今では自ら遺跡の発掘や探索を行なっていると言う。大学時代の教員や教授との情報交流も続いているという話だ。

ジェイは毎日朝の一時間フェイに会いに行って様々な話をした。

当初フェイにとってジェイは邪魔で迷惑な存在であった。業務時間中に仕事と関係の無い話をすることが嫌であったし、何でも根掘り葉掘り聞いてくる無知振りにも嫌気が差していた。

しかし会話を続けていくうちに、フェイはある事に気が付いた。そしてジェイに興味を持つようになった。

ジェイの魅力は、彼がが持っている際立った情報の吸収力であった。

ジェイはフェイが話したことを全て記憶し理解していた。フェイは二度と同じことを話す必要はなかったし、フェイの頭の中で整理されていない事柄や矛盾した事柄をジェイは細かく指摘した。

さらに一見独立事象であると思われる二つの事柄について、その相似性や関連性についてもジェイは素晴らしい洞察力を発揮した。

やがてフェイとジェイは同じ知識レベルで会話や議論をすることが出来るようになった。

ジェイは前バベル暦の話を特に好んで聞いた。

真青年党を設立するときに前バベル暦の歴史は調べたことがあるが、テレビや漫画が主な情報源であった。『ロイ神ビー』という名前も、神話の中に出てきたキーワードを自分勝手に解釈して造ったものだ。

一方、フェイの話には現実味と裏付けがあり、しかもテレビとは桁違いの驚きに満ちた世界であった。

ある休日の午後、ジェイとフェイは320セグメントの北にある【ピット・ヒル】という遺跡に出かけた。

ピット・ヒルは森の中にある小高い丘で前バベル暦に小さい集落があったとされる場所だ。二十年前にここで30基程度の家屋と墓地が見つかった。

二人は墓地の周りを歩きながら話していた。

「この集落は前バベル暦20年頃のものだね。彼らはどのくらいの期間ここに住んで居たんだろう。」

ジェイが墓地の方を見ながらフェイに訊ねた。

「そうね。あまり長くなかったと思うわ。十年か二十年くらいじゃないかしら。墓地に埋葬された人骨の数がとても少なかったのよ。」

フェイはピット・ヒルに詳しかった。大学の卒業論文を執筆した時に何度もここを訪れたことがあったからだ。

ジェイがまた別の質問をした。

「ところでさ、今日はどんな気まぐれだい?君の方からこの遺跡に僕を誘うなんてさ。いつも僕が食事に誘っても全く乗ってこなかった君が。
まぁ、一緒にこうして休日を過ごせるんなら、敢えて理由を聞く必要もないだけど。」

「さぁ、どうしてかしら。男の人にちょっと力仕事を頼みたかったっていうのはどう?」

「なんだ、仕事でここに来たのかい?」

「何度も言ってるけど、遺跡探索は仕事じゃないわ。趣味と好奇心よ。今日はどうしても確かめたいことがあったの。」

フェイはもったいぶって本題をすぐに話そうとはしなかった。

フェイが何の為にここに来たのか、なぜ自分を誘ったのか、ジェイには皆目見当が付かなかった。

ただフェイとこんな長い時間一緒に居られることが何より嬉しかった。だからジェイも性急に答えを聞き出そうとはしなかった。

「おいおい、本当に今日は君らしくないよ。いつもは答えをはぐらかしたりしないじゃないか。どうしたんだい、本当に。」

「そうね。私らしくないのかもね。私らしさなんて考えた事もないけど・・・。でもあなたがそう言うなら、今日の私は私らしくないのかも。
さて本題に入りましょう。いいかしら?」

フェイは立ち止まって、笑顔でジェイの方を向いた。ジェイも立ち止まり、フェイの方を見た。

静かな時間が流れた。遺跡には二人以外誰もいない。森の奥の方で鳥の鳴き声が聞こえる。二羽いるようだ。雲が太陽を遮り、二人の立っていた場所は暗くなった。雲が風で流されて、再び太陽の光が二人の場所を照らした。

フェイは改まってジェイの方を向き直した。

「ジェイ。あなた知っているかしら?ここの集落の人たちがどこから来たのか。どこで生まれ、どこで生活をし、どこで死んでいったのか。そして前バベル暦とはどんな世界だったのか。」

「・・・。それはこれまでずっと議論して来た事じゃないか。今更どうしたんだい?
人類の起源を示す遺跡は見つかってない。せいぜい前バベル暦百年くらいまで遡るのがやっとだ。
その前は何も分からない。神話や想像の世界だ。それこそ神でも創り出さないと答えが出ない宗教の領域さ。」

ジェイはフェイから目を逸らすことが出来なくなった。彼女の目は真剣で、吸い込まれるような黒い輝きを放っていた。

「そうね。私にも真実は分からないわ。
でもね。でも、もし私たち人類がこのバベルの塔を造ったのだとしたら・・・・。」

フェイの発言に驚いたジェイが咄嗟に口を挟んだ。

「おいおい待てよ。さっきから君らしくない発言だね。
バベルの塔を造るだって?そんなことは不可能だ。
確かに人類は科学を生み出し、技術も進歩したよ。地上階から最上階まで登るのに、高速モノレールで十時間を切ったよ。
でもな、前バベル暦の人間にバベルの塔を造る科学技術があったとは思えないし、今も無いよ。それこそ神の力を持ち出さない限り、説明は出来ないよ。」

ジェイは論理的に否定した。否定する自分が馬鹿馬鹿しくも思えた。この世界を自分達で作るなんて有り得ない。それこそ神がかりだ。そういう思いであった。

フェイは表情変えずに断言した。

「ジェイ、神はいたのよ。そして今もいるの。

良い?神はいる。神は私たちを見ているわ。

神はバベルの塔を造った人々。

神の末裔は今でもこのバベルの塔のどこかにいる。」

一息置いて、フェイは話続けた。

「ねぇ、あなた、神に会ってみたくない?
私は会いたいわ。それが好奇心を満足させる唯一の方法。私の小さい頃からの夢なのよ。」

最後の言葉を発する時、フェイの唇が震えていたのをジェイは覚えている。

フェイの話を聞いたジェイの心の中は、絶対的、圧倒的な物を見た時のように恐怖感で一杯であった。

神はいる。そんな馬鹿な。

神がいる?神なんかいない。

バベルの塔を造った神。神話の世界だ。

今もいる神。どこに?

人間を監視する神。なぜ?

ジェイはゆっくり口を開いた。

「・・・君は何故、そんなことを僕に話したんだ。」

風が二人の間を吹き抜けた。フェイの黒髪が風に舞った。フェイは右手で髪を整えた。ジェイはフェイの答えを待っていた。フェイの唇の震えはまだ収まっていなかった。彼女は震えながらもジェイの質問に答えた。

「し・・・、真実を、見たのよ・・。

いい?真実、をよ。

誰に話しても信じてもらえない真実。でも、あなたなら理解できる。いいえ、あなたにも真実を見てもらいたい。そして考えて欲しい。私たちが何をすべきかを。」

ジェイは恐る恐る当然の事を聞いた。

「その真実って何?何を見たの?」

「・・・・・・・

・・地下のトンネルよ。」


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一旦ここまで。