EUが南米の4カ国と結ぶ予定のメルコスール自由貿易協定は、EUの農家と欧州の食料安全保障に深刻な打撃を与えると強く批判されている。農家は各地でトラクターを使った大規模な抗議行動を行ってきたが、それにもかかわらず協定は署名段階に進もうとしている。
この協定を主導してきたのは欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長で、実際の受益者は市民ではなく、ロビイスト・巨大な化学企業・農業ビジネス企業だと指摘されている。決定的だったのは、当初は慎重姿勢を示していたイタリアのメローニ首相が最終的に賛成に回ったことで、多くの保守層から「裏切り」と受け止められている。
手続き面でも問題が大きい。欧州委員会は、民主的に選ばれた欧州議会を今後の手続きから外し、フォン・デア・ライエン委員長が直接署名できる形を取ろうとしている。事実上、欧州議会での採決は行われない。
ポーランド、フランス、アイルランド、ハンガリー、オーストリアが反対し、ベルギーは棄権したが、協定を阻止できる「阻止的少数」には届かなかった。
最大の懸念は安全基準だ。ブラジルでは3,669種類もの農薬使用が認められており、EUで禁止されている農薬や成長ホルモンも使われている。欧州が進めてきた地産地消や輸送による環境負荷削減は形骸化し、地球の反対側から来る安価な食品が地元産より安くなる可能性が高い。一方で、欧州の化学企業は南米市場で大きな利益を得るとされる。
特にブラジルのマットグロッソ州は、世界で最も「農薬汚染」が深刻な地域とされ、綿花、米、サトウキビ、トウモロコシ、遺伝子組み換え大豆の大規模生産と記録的な農薬使用で知られる。仏独ドキュメンタリー「Pesticides: Europe’s Hypocrisy」は、EUで禁止された製品が南米では販売され、欧州企業が利益を得ている現実を「欧州の偽善」と批判している。
ポーランドの欧州議会議員アンナ・ブリウカも、こうした食品輸入は健康リスクだけでなく、EU農家にとって不公平な競争を強いると警告している。EU農家は自国では違法な基準で生産された安価な食品と競争させられ、基準不明の食品が何百万人もの欧州市民の健康を脅かす可能性があるという。
透明性も投票も欠いたまま進むこの協定は、EU推進派にとっての「大勝利」とされる一方、民主主義と食の安全を犠牲にした決定だとの批判が強い。


