スペシャルドラマ「かもしれない女優たち」を見た。
なんじゃこれりゃあぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
めっちゃつまらなかった。
これはドラマじゃない。ドラマと表記してあってもこれをドラマとして認めてしまってはダメじゃない?設定は面白いの。もし女優がもし違う人生を選んでいたらって張本人が別の人生を歩んでみる。面白い。しかも小ネタがちょいちょい入っていて面白いの。
でもね
じゃーどこがつまんなかったというと、ドラマに出てくる登場人物の思っている事が全部ナレーションで語られちゃうんだよ。もうこれは見ててさすがにしんどい。だからもう作品としては女優さんたちの演技力を楽しむしか残ってないじゃん。
例えばこのいうシーン。
真木よう子がコンビニで「PAS」を見つけたシーン。ナレーション「私は目を疑った。そこに写っていたのは元バイト仲間の三浦紗英だった」と。こうなったらもう真木よう子の目を疑う演技はどうなんだろうとそこしか目がいかなくなる。
となると、このドラマは基本的に「演技が上手い人」しか出れないことになる。現にこの作品ちゃんと演技が出来る人しか出演してない。逆で言えば演技が下手であれば終わりである。
まだある、ナレーションでどんどん語られちゃうから人物の考えている事が全部分かるため展開に驚かないし感情移入出来ない。そうなんだそうなんだとあー面白かったとアクション映画を見た後のイメージに似ている。あのシーンどう思う?あそこはこうじゃない?と話したい気にならない。でもとりあえず「面白かったね!」と言う。
「かもしれない女優たち」の感想を見てみると
ちょーヤバい!! は?なにがヤベーんだ。
連ドラでやって欲しい!! は?正気かっ。
なんだかんだこういうドラマ作れるのがフジ! は?どっちの意味で言ってんだ。
無駄がない造り! は?なんだコイツ。
いい感想ばっかり。。。。。。。。。。。。。。。。
感想とは少し異なるけど、これは「撮りやすい」作品である。
この手の映像作品を創るのであれば、「演じる者にナレーションの声を知らない事を前提に物語が進行する方が絶対におもしろい。」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
データ石浜