当ブログの記事でも何度か書いていますが、ステーションワゴンが一般家庭の自家用車として認知・普及したのは1980年代後半、初代スバル・レガシーのツーリングワゴンがヒットしたあたりからだと思います。

 

通常は昭和30年代の旧車ネタを中心にしている当ブログですが、私個人が古いメルセデス好きであることに加え、今回ご紹介する記事の冒頭部分に共感するものがありましたので、ご紹介させていただきます。

 

 

~ 以下、抜粋 ~

たとえその価値を十分に認識していても、ジャーナリストの立場に立って、走る機械としての完成度を心の底から尊敬していても、個人的にメルセデスはどうしても好きになれなかった。

アウトバーンは己が道といった風情で、クロームメッキのグリルを輝かせ、威丈高に他車を蹴散らして走るその姿も、丸の内界隈で白い手袋のショファーによって、もたもた這いずり回らされている様子も絶対に好きになれない。

さらに腹が立つのは、最近都内で頻繁に目につくようになった、マナーの悪いオーナードリブンの”ベンツ族”だ。他の車が三つ星とクロームの光沢に気おされて遠慮するのをいいことに、彼らは加速力と大きな図体に物を言わせて、左のレーンから右のレーンへ、尊大で放漫、かつ野放図に走り回っている。

渋滞の高速道路でも、左から割り込んでくるのは、アメ車かさもなければベンツと決まっている。

メルセデスの価値は認めよう、だが、”ベンツ”は嫌いだ。だから、どうしても意地でも、欲しいと思わなかったのだ。

ところが、最新の300TDと2日間過ごし、500Kmの旅を終えたら、本心からメルセデスが欲しくなってしまっている。より正確に言うなら、日本中の路上でうごめきまわっているSクラスやコンパクトのサルーンではなく、ワゴンボディのTシリーズなら本当に欲しい。

Tシリーズメルセデスは、確かにアンチ・メルセデス党まで惑わすだけの魅力を備えていた。

 

メルセデスのワゴンというのは、ヨーロッパの金持ち連中にとって長年一つの理想像になっていた。高性能で信頼性の高いランニング・シャシーに、高品質で豪華、そして多用途のワゴンボディを合体させれば、文字どおりの万能車がここに生まれるからである。

当然、メーカーは何でもかなえてくれるものと期待する連中は、メルセデスをしつこくせっついてワゴンを求めたが、ダイムラーベンツはワゴンの需要を充分に認識していながらも、60年代末にユニヴァーサルの名でごく少数を作ったのを例外とすれば、腰を上げようとはしなかった。

理由は、それを作りたくても、それだけの製造余力が無かったからである。乗用車専用工場たるジンデルフィンゲンのラインは年々増えるSクラスやW123コンパクトの需要に応えるのに精一杯だからだ。

このため、イギリスのクレイフォードやドイツのコンラード・ボールマンなど、商売に長けた小さなボディメーカーは、Sクラスやコンパクトをベースにワゴンに改造した車を少数生産し、金持ち相手に結構実入りの良い商いをしてきている。

だが、やはり本家のDB製のワゴンを求める声はアメリカあたりでも根強く、ここに至ってメーカーも小型トラック用だったブレーメン工場にラインを新設することを決意し、78年秋のフランクフルト・ショーを機に、まずW123ベースのワゴンをTレンジの名で製造販売を開始した。

 

メーカー呼称S123と称されるこのTレンジは、好評のコンパクトメルセデス、W123系をそのままワゴンと化した車である。

2,795mmのホイールベースはセダンと変わらず、ボルボと違って4,725mmの全長も全く同寸のまま、ルーフ後端を伸ばして4ドア+テールゲートのワゴンと化している。

機構面で特筆されるべきは、セダンではオプションの後輪に着く車高自動調整システムが標準で装備されていることだ。大きな荷重変動に対処して付けられるこれは、シトロエンのハイドロニューマティック式に、エンジンで駆動されるポンプと、リアのガス封入式アキュムレーターによって、後輪ダンパーストラット内の油圧を制御する。

これは確かに高価に着くし、重い荷物を載せる機会のなかった今回のテストでは、そのメリットを確認するに至らなかったが、ヨーロッパでの使用状況を考えるなら不可欠の物だろう。

エンジンはドイツでは230用の4気筒、250用SOHC6気筒、280用DOHC6気筒の3種類のガソリン、それに240D/300D用の2種類のディーゼルが用意されているが、ヤナセの手によって春から日本に導入されているのは、5気筒SOHC、80psのディーゼルを載せた300TDのみであり、ギヤボックスはDB製4段オートマチックが組み合わされる。

同様に本国では、シート・アレンジメントに何種か相違があり、分割可倒式リアシート付や、3列目のシート無しなどの仕様もあるが、わが国で販売されるモデルは、2座の3rdシート付で、リアシート・バックレストが一体で可倒式のレイアウトに限られる。

 

 

 

メーカーでは専用のルーフラックを始めとして、やはり専用のトランクボックス、空力対策を考えてデザインされたスキーケース、自転車やサーフボード用アタッチメントなどの各種の魅力的なアクセサリーを開発しているが、これらは順次わが国でも用意されていく予定であるという。

 

 

新しいW123系のルームは旧型に比べはるかに現代流に目に映る。

ダッシュボードのデザインはネオ・バウハウスともいうべきゲルマン式機能主義でまとめられ、旧型に僅かに残っていた60年代の装飾イメージは完全に払しょくされた。

中央にまとめられた空調ユニット一式も、Sクラスのおさがりを受けつつ、身体に合わせてよりコンパクトかつ近代的に仕立て直している。古臭いのは相変わらず外径の大きなステアリングホイールぐらいで、各スイッチ類はいずれも現代の車であるべき所に位置する。

メルセデスの良き伝統の1つは、どんな大型車でも運転席からの見晴らしがよく、二回りも小さな車であるかのように扱えることである。

それはこのワゴンボディでも変わらない。前方は当然としても、最後尾まで細いピラーを使ったボディは、後方視界を少しも損なわないし、トランクの張り出しを考慮に入れる必要が無いことによって、慣れればむしろセダンより外寸が掴みやすい。ワゴンのシート・アレンジメントについてのレクチャーを一通り受け、どうせ広い荷室をフルに利用できるような積荷はないから、最後列の3rdシートを起こして出発する。

 

走り始めてまず好印象を受けたのはエンジン・ノイズである。静かなディーゼルが出揃った今では、300Dの5気筒ディーゼルは並外れて静粛だとはいいがたく、特に旧コンパクトでは車外音は当然のこと、車内においてもアイドリング時などでは明確に音が耳に付くが、より遮音対策が進んだこのW123系ボディでは、それは格段に抑えられるとともに、全体にそのトーンもやわらげられている。

 

むろんガソリン車に比べれば音量そのものは大きいが、耳障りにならない音色にチューンされている。あるいはセダンより絶対的に広い車室は、エンジン・ノイズを拡散させるのにも役立っているのかもしれない。ステアリングと乗り心地も旧型より洗練されている。ロックからロックまで2.9回転のパワーステアリングは、旧型よりほんの僅かに操舵力が増え、その感触は格段に自然になっている。中速域の乗り心地もまた旧型より柔軟である。

メルセデスの流儀で依然としてやや硬めで重厚だが、195/70SR14というピレリP3は、それでも旧型よりはるかにしなやかに反応し、重く太いタイアの存在を殆どボディに伝えない。

良いことは、開口部の広いワゴンボディの泣き所たるボディ剛性の低下が全く感じられず、セダンに劣らぬほどがっしりしたイメージを与えることで、これが心情的にも乗り心地に大きく貢献している。

この種のボディが比較的強く反応する都内の荒れた路面や首都高速の大きな段差でも、足回りの軽いショックを伝えるだけで、ボディそのものはカタリとも振るえない。ブレーメン新工場の工作水準と品質管理がジンデルフィンゲン並みに保たれている証拠だろう。

1,660Kgと、通常のセダンより200Kg近く重いボディと、80psディーゼルの組み合わせでは、当然動力性能には大きな期待は抱けない。だが、これを少しでもカバーしようとする4段自動変速機の敏感な反応は褒めてやって良い。

平坦な路面なら常に2からスタートするそれは、30Km/h弱から殆ど気づかれぬまま3rdに入り、50Km/h前後でいつの間にかトップに入っているし、少しでもドライバーが急ごうとすれば、右足のごくわずかな力を感知して、即座に3へのシフトダウンを繰り返す。旧型では街中ではなかなかトップに入りたがらず、意識してスロットルを緩めてやらなければならないのに対し、こちらはタウンスピードでも敏感に3⇔4のシフトを、それもほとんど無音でドライバーに気が付かれぬまま、忠実に繰り返す。だから少なくとも、街中ではその押し出しにふさわしいだけのスピードと敏捷性を維持できる。

 

夕方、伊豆に向けて出発する頃には、すっかり本降りになっていた。篠突く雨はウィンドシールドをたたき、闇の中を照らすシールドビームの光芒は頼りない。

だが、中の人間にとって、外界の悪天候は全く無縁だった。旧型より一段と進んだ空調システムは理想的な温度で室内に分布し、四囲の窓も全く曇らない。

軽く正確なステアリングを握り、SとDのシフトを繰り返しながら急ぐドライバーのなすべきもう1つの仕事と言えば、数分おきにリアウィンドー・ワイパーのスイッチを押すことだけだった。

ワゴンボディの弱点で、リアウィンドーは自ら跳ね上げた泥水によって、短時間に不透明ガラスと化してしまうからである。

 

翌朝、厚く垂れこめた雲の下、ボーイの訝し気な視線を背後に、2台のメルセデスはディーゼル・ノイズと薄青い煙と共にホテルを発つ。

宇佐美から伊豆スカイラインへ上る道は、わが国では珍しく、下りが1車線しかないのに対し、登りは完全に2車線が用意されている飛ばすにはまさに最適な道路だ。

だが、ここではさすがにディーゼルエンジンと自動変速機、そして重いボディのハンデを思い知らされた。シフトレバーは殆どSに入れたまま、先行する300Dを追う。2台ともほぼフルスロットルで走り続け、シフトは敏感に2と3を繰り返し、その度にディーゼルの重い音が一段と強まる。だが80psは80ps、左側車線を行く遅い流れは完全に制していても、右側を選ぶちょっと足の速い国産小型車までとらえるのはいささか苦しい。コーナーで追い詰め、ストレートで抜こうと思った瞬間、相手にじわじわ離されてしまうのだ。それにここではセダンとワゴンの重量差も明確に露呈される。

相手はカメラ機材を積んでテールを沈めているくせに、その旧型300Dにもストレートではわずかに引き離される。こんな状況では、当然その足回りは完ぺきにパワーに勝っている。

コーナーの大小関係なく、正確無比なパワーステアリングを切り込んでやってさえすれば、ほとんど狙った通りにTDはトレースし続ける。

 

雨から霙、そして春雷と、天気が目まぐるしく変化する箱根山頂で撮影のためにリアシートをたたもうとして気が付いたのは、それがゲルマン民族的な体力と腕力を要求することだった。

3rdシートを折りたたむにも、リアシートのヘッドレストを抜くのにもシートを畳み込むにも、これはかなりの力と慣れを要求し、さすがに国産ハッチバックのごとく、フェザータッチのレバーでバタバタと仕事を終えるわけにはいかない。

だが、一旦畳み終えれば、そこには全長6尺近い広大な荷物エリアが生み出される。完全にフラットなフロアを持ち、上質なカーペットに覆われたそれは片側フロントシート・バックレストを倒すことによって、さらに有効長を稼ぐことができる。

 

皮肉なことに、東名に乗り出し、帰路を辿る頃になって天気はやっと回復し始めた。

2台のディーゼル・メルセデスはスリーポインテッド・スターを輝かせ、ドイツで見るメルセデスよりはるかにおとなしく巡航する。高速走行でも新しいTDの方が確実にノイズは少ない。

抑えられたディーゼルのハミングを聞いていたら、古いレシプロの小型機が、スロットルを絞りながらクルーズするときの音を思い出した。

2日の旅の代償を決算してみるなら、平均燃費は300TDが9.23Km/ℓ、300Dが8.85Km/ℓである。回すと途端に悪化するディーゼルエンジンの通弊で、伊豆の山道区間が悪く、それぞれ5.81Km/ℓ、6.03Km/ℓ。この区間でTDの方が悪いのは、重量のハンデが効いているのだろう。

一方、東名の巡航ではTDが12.55Km/ℓ、300Dは11.14Km/ℓとなったが、これはTDがほぼコンスタントスロットルだったのに対し、カメラカーたる300Dが加減速を繰り返したためかもしれない。

 

300TDのTの文字が示す価値を知るのには、今回の旅は不満足だったことは十分承知している。

この種のワゴンの真価は、その多用途性、収容力をフルに試してみなければ、本当は分からないものなのだからだ。レジャーやバカンスなどとは縁遠く、優雅な大名旅行に慣れない我々は、結局は広大な荷室の恩恵も、ルーフラックやルーフトランクの価値も、3rdシートのありがたさも何一つ知らぬまま過ごしてしまったが、それでもこの2日間は、並のサルーンで旅する時とは全く異質の、ハッピーで充実感溢れる時を送ったような気持がしたものだ。

それは常に大いなる可能性と共にいたためかもしれない。たとえ今は使わなくとも、その気なら7人まで乗り込めるという可能性、広い荷室には、必要とあらばなんでも積み込めるし、それをキャンピングカー並みに使いこなせる可能性、さらにルーフにまで雑多な道楽用品を載せられる可能性にあふれ、豊かな車内スペースのもたらす精神的なゆとりと共に旅をつづけられたからかもしれない。

 

車を買うということは、それがもたらすであろう可能性を買うことだとしたら、高いポテンシャルを示すシャシーに信頼無比なエンジン、高い品質と豪華な装備、それに豊かな居住空間と無限に広がる荷物スペースを備えたこのTDほど大きな可能性をもたらしてくれる車は少ない。